3ヶ月の…

□4.5パジャマ
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4.5パジャマ

さて、課題を片づけ和人の服も修繕した明日奈は今、自分のベッドの上で一人緊張していた。きっかけは友人が帰るときに発した言葉。
『あんたに本当に“覚悟”があるんなら“準備”だけはしておいたら?』
言い忘れたのはその事か。何を言い出すのか、ポカポカ叩いて友人を見送ったのだが、いざ寝る準備を整えると里香が指摘したことが気になって仕方がない。
「もう、里香があんなこと言うから…」
気にしなければ良い。そうと分かっていても気になるものは気になる。
寝室を共にする。
それだけ見れば確かに妙なことを考えそうだが現実は違う。
「ベッドは二つあるんだし…」
ちらっと空いたベッドを見る。今まで誰も使う予定のなかったもの。しかし今日から使う人間がいる。
もう一つのベッドで寝て良いと言った以上、撤回するのは道理に反するし、明日奈としても一度許可を出した以上、自分から反故にしたくない。しかも一度は遠慮した相手に「良いから!」と言ったのは自分だ。「やっぱり無理!」なんて言えるはずがない。
「おかしいところはないわよね…」
別に何があるわけでもないはずが、服装や髪形のチェックを念入りに行ってしまう。風呂に入りすっきりしたところで後は寝るだけなのに、リラックスして眠りにつくどころか明日奈の緊張はピークに達しようとしていた。
「…………」
同性ならパジャマパーティーと思って少しは気が楽だったろう。しかし相手は男、異性。しかも家族ではなく、先日初めて顔を合わせた相手。
こんな状況の場合、変に意識しない方が良いに決まっているのは分かっているのだが、これまでクラスで聞こえていた“相手がいる”生徒が言っていた言葉が頭を過る。
「た、確か…」
“初めては彼の部屋だった”とか“…の時ってやっぱり痛いよね”とか“強引にキスされて”とか。恥ずかしくてよく聞き取れなかった部分もあるものの、そういうことに明日奈より知識がありそうな里香が「最近の子はけしからん」と言っていたか。きっと今の明日奈の状況も“そう言ったことに”入るのだろうことは分かる。分かるのだが、如何せん初めて尽くしで何をどうしたら良いのか分からない。なんでこんな事態になったのか過去の己を叱咤したくなる。
しかし今更覆せない。これでは親の思うつぼだとしても、これは自分で蒔いた種なのだ。
「さ、さすがにあの人もいきなり…は、ないと思うし…?」
「結構ボケっとしてるものね…。あはは…」などと希望的観点から無理やり楽観視してみるものの、視線を下に向ければピンクと言うだけで特に色気もないパジャマが目に入る。いま明日奈が持っている夜着はこれくらい。でも下着はお気に入りだもん! と謎の主張をしてみる。パジャマの袷目をそっと浮かせると、ちらりとラベンダー色の下着が見えた。間違いない。いつもの、制服に響かない白とかベージュではない。これで何があっても大丈夫なはず…。
「でもやっぱり恥ずかしいよ…。っていうか、これじゃあ何か期待してるみたいじゃない!」
ひたすら「何も期待してないわよ!」「違うんだからね!」と誰に聞かせるでもなく言い訳を並べる。
「た、確かに意外とがっしりしてたけど…、って、ちがーう!」
「違うのー!!」と初日の事を思い出し更に顔を真っ赤にして顔をぶんぶん振る。恥ずかしさのあまり枕をバンバン叩き続ける明日奈の耳に、控えめに戸をノックする音が聞こえた。
勢いよく顔を上げ、相方が風呂から上がったのだと悟る。
もうどうにでもなれ!
「ど、どうぞ…」
ぎゅうっと枕を抱きしめ、意を決して入室を許可した。
「何だ、まだ起きてたのか」
今までの明日奈の葛藤など知る由もない同居人の態度に八つ当たりをしたくなるが、それ以前に、入ってきた彼の服装を見て呆気にとられてしまった。
「…ぷひゅっ!」
「明日奈?」
謎の音を発し蹲る明日奈。和人がまだ調子悪いのかと、明日奈が座るベッドに近づけば今度は指をさされ、あまつさえ大爆笑された。
「ちょっ! 何よ、それ! 卑怯でしょ!!」
「…ど、どうした?」
明日奈が指さす先、和人がパジャマ代わりにしているらしいTシャツには、デカデカと“I love 芋”と書かれていた。
「どれだけお芋好きなのよ!」
思わぬ意表を突かれ笑いのツボにはまったらしく、和人に背を向けお腹まで抱える始末。終いには「何考えてるのよ!」とまで言われた。
「し、仕方ないだろ!? 日本土産だって言われて渡されたんだから!」
アメリカ時代に育ての親から土産だと言われ何枚か貰ったものの、そのまま外で着るのも勇気がいるので、勿体ないから専らパジャマ代わりになっていた。それがこんな結果を招くとは。居心地悪く、己の服を引っ張る。
「…まだ“ひじき”の方がマシだったか」
「ほ、他にもあるの?」
未だ笑いが収まらなかったが、和人が苦し紛れに呟いた言葉は聞こえていたようで、興味津々で訊いた。
「…“ひじき”とか“もやし”とか。あと…“シャイ”って書かれたのもあった」
「もう止めて!!」
とうとう耐えきれなくなって抱えていた枕に顔を埋めた。さっきまでの緊張はどこへ行ったのか。そんな事すらどうでも良くなり、ふてくされた相方が「もう、さっさと寝ろよ!」と言って布団に潜ってしまったところで笑いを収めた。
「ご、ごめんね…。怒ってる…?」
まだ笑いの尾を引いているが、とりあえず謝ってみた。すると頭まで布団をかぶっていた和人がひょこっと出てくる。
「…別にいいけど、さっさと寝ろよ。…もう看病してやらないからな」
言うだけ言ってまた潜ってしまった。
子どもっぽい仕草にくすりと笑う。そして「ありがとう」と言って明日奈も眠りについた。
以降、和人がおもしろTシャツを明日奈の前で着ることはなかったという。
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