拍手お礼SS集
□鰐の体温
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「っあ〜〜〜……暑ぅ……」
日課であるF-ワニへの餌やりに外へと出た私は、まだ朝も早い時間だというのに容赦なく照りつける日差しに中てられ、額に浮かんだ汗をTシャツの袖で拭いながら部屋へと戻った。右手には、途中ミニキッチンに立ち寄って確保した、氷とオレンジジュースの注がれたグラス。手の中の冷気に惹かれて、堪らずそれを首筋へと当てる。
「くぅ〜〜〜っ……!」
おっさんのように悶絶しながら部屋のドアを開けると、冷ややかな視線を感じた。嫌な予感がして視線の方向へと目をやると、そこにはソファに座ってニュース・クーを読むクロコダイルの姿があった。
「――風呂上りの中年オヤジみてェな声しやがって。お前ホントは歳も性別も誤魔化してんじゃァねェのか?」
「はァ?! ンなわけないでしょ、失礼な!」
オフだというのに、長袖のYシャツにスラックスといった格好でソファに体を預けるクロコダイルの姿は見ているだけで暑苦しい。そんな暑苦しい男の隣にどさりと腰を下ろし、私は何か目新しい話題はないかと、ニュース・クーを横から覗き込んだ。
「あっ、スモーカーさんだ」
クロコダイルが鉤爪で貫いた紙面の左側に、小さくスモーカーさんの写真が載っている。見出しから察するに、新しく赴任したという町・ローグタウンで、”東の海”では名の知れた海賊を捕まえたらしい。もっと詳しい記事の内容が読みたくて、私は身を乗り出した。
「あっ、ごめ……ん?」
ソファにつこうとした手が、誤ってクロコダイルの脚に触れる。咄嗟に謝ろうとしたが、私の興味は他の事に削がれてしまった。
「おい……何してやがる」
「いや……クロコダイルの体、なんかひんやりして気持ち良いから。こんな暑苦しい格好してるのに」
朝から表に出ずずっと地下にいたからといっても、人の体温とはこれ程までに下がるものだろうか。布越しに触れてなお感じるひんやりとした体温に驚いて、私は思わず彼の脚を撫で擦っていた。
「クハハ……鰐ってのは変温動物だからな、体温は他より低いモンなんだ」
「へぇ、そう」
名前はそうかもしれないけど、アンタはヒトでしょうよ……心の中でそうツッコミを入れながら、私は適当に相槌を打つ。一向に汗のひかない自分の体と比べて随分と快適そうなその体温に、羨ましさも相俟って、私はすっかり虜になってしまっていた。
「いいなぁ。寝苦しい夜とかには、抱き枕にしたいかも。ひんやりして気持ち良さそう」
「……ほう?」
その心地良い体温に魅了され、自分がとんでもない事を口走っていたのに気付いたときには、既に目の前の男の目は捕食者のそれへと変わっていた。ギラリ、と金色の瞳の奥が鋭く光る。
「いや、い、今のは冗談で! だってほら、クロコダイルは体温低いかもしれないけど、私は普通だから、きっと今度はクロコダイルが暑く感じるじゃない?! 迷惑になるからやめとくよ、うん!」
「そうか? 俺は一向に構わんが……?」
ヤバい、と思って距離を取ろうとした私に、クロコダイルは静かにじりじりとにじり寄ってくる。あっという間にソファの端まで追い詰められ、鼻と鼻とが触れ合う程の距離にまで顔が近付いた――刹那。
「ミス・アニヴェルセル? ちょっといいかし――あら」
コンコン、と短いノックの後におもむろにドアが開けられ、ロビンさんが顔を出す。救世主の登場に、涙目になりながらその顔を仰ぎ見る私。だがその救世主は嫣然と微笑むと、ゆっくりとドアを閉めながら言った。
「この暑い日に、二人してお熱いことね。どうぞ、ごゆっくり」
「ちょ、待っ、違いますってば! やめ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ドアが閉まる瞬間に感じた、背筋の冷たさ。それはクロコダイルの体温や、氷を入れたグラスよりもずっと冷たく、いとも簡単に私の汗をひかせたのだった……。
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■ワニの体温は低い。そんなお話。
2016.07