拍手お礼SS集

□上手な鰐の捕まえ方
1ページ/1ページ

 その日、レインベースの商工会の連中との食事会から帰った俺は、奇妙な物を見た。レインディナーズ地下の巨大水槽。その前に、布張りの三角錐状をしたティピーテントが設えてあるのだ。



「……?」



 何だ、これは。と首を傾げる俺と一緒になって、水槽の中のバナナワニも、それを不思議そうに眺めている。誰が何のために張ったものなのかは分からないが、ぽっかりと開いた入口からぼんやりと漏れる明かりに誘われて、俺はテントへと近付いた。



「おい、誰かいるのか?」



 入口の前に立って中に呼び掛けたが、返事はない。どうせこんな訳の分からない事をするのはあの女以外にいないだろう、と思っていた俺は些か拍子抜けして、腰を屈めて入口から中を覗き込んだ。

 テントの中には、明かりの正体であるランプと一冊の分厚い本が置かれているだけで、他には何もない。あの女に本を読む趣味があるというのは聞いたことがないが、ここで読書をしていて、飽きて片付けもせずにどこかへ行ってしまった、とでもいうのだろうか。困った女だ、と思いながら、俺は膝をつき、テントの中へと入ってみた。あの女がどんな本を読むのだろうかと、ふと興味を持ったからだ。



「――これは……」



 聖書じゃねェか。意外過ぎるチョイスに俺は驚き、同時に、ここで読書をしていたのはあの女ではなくニコ・ロビンだったのだろうかと疑念を抱いた。分厚く硬い表紙は少し埃っぽく、古い紙の匂いが鼻先を擽る。昔読んだきりで、書架に置いてはいたがこのところ触れてもいなかったそれを、俺は懐かしい気持ちで開いた。



(アイツは、どんな思いでこれを読んでやがるんだろうか)



 ふと、同じ王下七武海の一角を担う男の姿を思い浮かべる。かつて暴君と呼ばれ恐れられた男は、今では聖書を常に傍らに抱き、如何にも敬虔な信徒らしく振る舞っているが。



(俺の計画は、こんなモンじゃァ揺るがねェ)



 ぽつりと胸の中で呟くと、俺は狭いテントの中で体を丸め、左腕を枕替わりにして横になった。右手でぱらり、ぱらりと頁を捲る。歳を取って感じ方も変わっただろうかと思ったが、無口なあの男の気持ちは、分かりそうになかった。



 そうしてどれくらいの時間が経っただろうか。不意に人の気配が近付いてくるのを感じて、俺は頁を捲る手を止めた。こちらの様子を窺うように、息を殺し、足音を立てないように近寄ってくるそれは、明らかに素人のものである。ニコ・ロビンではないな、と瞬時に思い、俺は呆れて小さく息を吐いた。

 気配がテントの入口まで近付き、足元が見える。足の主が屈もう、としたところで、俺は中から声を掛けた。



「……おい」
「ぅわっ! お、起きてたの?」



 俺が寝ていると思っていたらしいミス・アニヴェルセルは、突然声を掛けられて驚いた表情を見せる。その首には双眼鏡がぶら下げられ、右手には箸というワノ国の食事に使う道具、左手にはマッチ箱が握られていた。



「……何なんだ? その珍妙な恰好は」
「あ、これ? これはね〜」



 話によれば。この間の抜けた女は、本で鰐を捕まえ方、というのを読んだのだという。その方法はというと、まず水辺にテントを張り、ランプを灯し、ランプの傍に聖書を置く。そのままテントの外でしばらく待機していると鰐がやって来て、テントの中を覗く。鰐は好奇心が強いので、置いてある聖書を読む。聖書を読んで眠くなった鰐は、その場で眠ってしまうので、そうしたら双眼鏡を逆さにして見て、小さくなったワニを箸でつまみ、持っていたマッチ箱に入れる……といった塩梅である。



「――お前は馬鹿なのか?」
「なっ……! でも、途中までは上手くいったでしょう?!」



 そう言って、ミス・アニヴェルセルは開きっ放しになっていた聖書を指差した。まだ眠くなるには早かったのかも、などと言って鼻息を荒くしている姿が可笑しくて、俺は小さく溜息を吐いた。



「……くだらねェ。そんな本に騙される学のねェお前に、特別に聖書を読んでやろう。どうせ読んだことなんてないんだろう?」
「が、学がないなんて失礼な! そりゃぁまぁ、聖書は……読んだこと、ないけど……」



 クハ、と小さく笑い、俺は横たえていた体を起こすと胡坐を掻いて座った。来い、と言うと、女は素直に隣に腰を下ろす。さて、この女にでも分かる節はどの辺りだろうか。そんなことを考えながら、俺はパラパラと頁を捲った。



 ほんの数十分後。眠ってしまった小兎を鰐が捕まえて、抱えて部屋へと戻ったのは、また別のお話。



*****

■この方法でワニを捕まえられなくても、当方は責任を負えませんので、悪しからず。

2016.08



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ