企画・キリリクまとめ

□Baroque
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※過去捏造/恋愛要素ナシ

お題:涙





 誰が、泣いている?
 何故、泣いている?



「なんて可愛いの……私の天使」

「どうして泣き止まないの……? おしめも変えたし、ミルクもあげたのに……」

「こら! お友達とは仲良くしなさい!! 叩かないの!」

「あらあら、こんなに擦りむいちゃって……痛かったわね。よしよし」

「もう! 好き嫌いはダメって言ってるでしょう? そんなんじゃ、将来大きくなれないわよ?」



「ごめんね、あの人は忙しい人だから……ここへは、あまり長く居られないの」

「二番目……?! 誰がそんな事を……! ――そんなわけ、ないじゃない……あなたは私にとって、何より大事な宝物なのよ?」



「約束が違うじゃない!! 今更どうして?! 嫌よ! 私の子を返して!!!」





「……一人で、生きていきなさい……誰も信用してはダメ……『愛』なんて尚更……フフッ……そんな事、言われなくても……わたしをみていればわかる、かしら――」

「ないているの? わたしの、てん――」





「――様? クロコダイル様!」



 ハッと目を開けて、明かりの眩しさに再び細める。椅子に凭れて眠っていたようで、身体中が痛い。う、と顔を顰めたクロコダイルを見て、女は一糸纏わぬ姿のまま、するりとシーツから抜け出して傍へと寄ってきた。



「魘されておりましたわよ? 嫌な夢でも見ていましたの?」
「――フン。寝首を掻かれる夢なんざ、しょっちゅうだ」



 咄嗟に口をついて出た嘘を、女は真に受けてクスクスと笑った。じっとりと肌に貼り付いたシャツと、女の纏う甘ったるい香水の匂いが不快で、クロコダイルはシャツのボタンを右手だけで器用に開け、葉巻に火を点ける。女は何を勘違いしたのか、嬉しそうに笑うと、クロコダイルの露になった胸にしなだれかかってきた。クロコダイルはそれを、鉤爪の付いた左腕で、傷付けないように抱き留める。



「意外と可愛いところがおありなのね。どんな夢でしたの? 泣いて、いらっしゃいましたけど」
「――クハハ……そうか」


 愉悦を含んだ、女の声。女は、他人が知らない彼の顔を知って満足したかのように笑うと、その熱い胸板に這わせようと、舌を出――そうと、した。



「……か、はっ」



 弛くウェーブの掛かった豊かな長い髪が、真っ赤に紅を引いた唇が、むちむちと肉感的だった白い肌が、みるみるうちに干からびていく。美しかった女は、あっという間に老婆のような姿になっていた。クロコダイルの右手が捕らえた女の首は骨が浮き彫りになり、そこからひゅぅひゅぅと必死に酸素を吸おうとする音がする。落ち窪んだ眼窩の奥でギョロギョロと忙しなく動き回る目玉には、ありありと恐怖の色が浮かんでいた。



「ひ……ころ、さ、ないで……」
「――フン」



 クロコダイルは、胸に縋り付こうとする痩せ細った肢体をドサリと床に打ち捨てると、汗を拭いてシャツを着直し、コートを羽織った。部屋を出る直前に姿見を見て、その頬に、一筋濡れた痕が残っていることに気が付く。クロコダイルがそっと目を閉じると、その痕は見る間に乾いて消えた。



 誰が、泣いていただと?
 何故、泣いていただと?

 それを知られる事を、この海では「死」と――そう呼ぶ。それが、「彼女」がその命を以て教えてくれた事だ。



 それならば。泣く必要のないように強くなり、力を持てばいい。“王下七武海”になって偶然知ったその「圧倒的な力」を手にすべく、クロコダイルは一人、海を渡る。これもまた偶然に、自分の能力と相性の頗る良い、砂漠の国・“アラバスタ”へと向かうために――





……End.

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