夜明けの時間。
□02,悪夢-pesadilla-
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真っ暗な部屋で誰かが泣いている。
…誰?
…どうして泣いているの?
うずくまって泣いているのは、どうやら女性のよう。
どこか聞き覚えのある声だ。
「どこか痛いの?」
「大丈夫?」
声をかけると、女性はそろりと顔を上げた。
「…っ!」
見覚えのある顔に、思わず驚く。
(…お、かあさん?)
いつも気丈で優しい母親はアイシャの前で泣いたことがなかった。
でも確かに目の前で泣いてるのは、アイシャの母親だった。
「…お母さん、どうしたの?」
問いかけてみるも、彼女はアイシャの顔を見たまま大粒の涙を流している。
「大丈夫?何があったの…?」
「・・・、・・・!」
「え?…聞こえないよ?」
必死に訴えるよう口を動かしているようだが、何を言っているのか聞き取ることが出来ない。
目の前で泣き崩れる母親を抱き締めようと、手を差し伸べるが、それさえも届かない。
届きそうなところで、遠退いてしまうのだ。
「お母さん、待ってっ!こっちに来て!」
声が聞こえているのか、いないのか。
彼女がアイシャに力ない笑顔で微笑みかけたかと思うと、二人の全身に無数の手が纏わりつく。
「やだっ…何これ!?」
どんどん増えて行く気持ち悪い手に、辛うじて手を伸ばすも無念、愛しい母の姿は次第に遠くなり、真っ暗な部屋の空間が何かに吸い込まれるようにうねり出す。
駄目だ、目が回って気持ち悪い…!
もう、いやだ…、
『…アイシャ、…なたを…愛してる…』
そんな声が、届いた気がした。
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「はっ…!はぁ、はぁ…」
なんだ、夢か。
アイシャはふぅ、と溜息をつくと張り付いた髪の毛を顔や首からはがした。
全身は汗びっしょりで、気がつくと目から涙が溢れている。
「嫌な、夢…」
窓を見れば辺りは暗い。
一日中薄暗くはあるが、その薄暗さの程度でまだ夜中なのだと思った。
ベッドの近くの時計を手にとって確認してみると、母親を見送ってから2時間半程しかたっていなかった。
「お母さん…」
いつも夢を見ても忘れてしまうのに、先程見た悪夢はとてもリアルで、無数の手の感触、母の声が今にも聞こえてきそうなくらい鮮明だった。
しかし思い出しても恐怖が募るばかり。
さっさとまた寝てしまおう、とブランケットをなおし、目を閉じた時だった。
『『バンっ!』』
…!!!
いきなり開かれた窓に全身がビクッと反応する。
そちらへと恐る恐る見やれば、窓は風でガタガタと揺れていた。
(なんだ、風か…)
大きい音の正体に安堵しつつ、全身をゾクゾクと恐怖が支配する。
思わずブランケットに顔を埋めてギュっと目を閉じると、急に寂しくなって母親の顔が浮かぶ。あんな夢を見たからだろうか。
「…お母さん、怖い。会いたい。」
一度思えば簡単なくらい、それしか考えられなくなった。
しかしある言葉を思い出す。
『お仕事してるところは来ちゃダメよ』
今までどうして行ったらいけないのか聞いたことがあったが、しっかりと目を見つめられて『お母さんとの約束、守れるわね?』と言われてそれ以上は聞けなかった。
ぐるぐる、ぐる、ぐる。
どうしよう。
行こうか行かまいか。
今まで感じたことのないくらいの寂しさと恐怖、そして"今"会いたいという気持ちが頭の中を交互に行き来する。
お母さんは今何をしているのだろうか。
夢の中のように一人で泣いていたら…
あの手が襲っていたら…
不安は次第に焦りに変わり、ギュっと閉じていた目を開けた。
ごめんなさい、お母さん。
やっぱり良い子にしていられなかった。
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