夜明けの時間。

□03,嫌な予感
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寝間着から着替え、黒い上着を羽織る。
フードを深くかぶり、自分が女性であることを隠すかのように髪の毛も隠す。
これは、外出する時の母親の言い付けの1つであった。

様子を伺ってから、外へ出る。
どこで母親が働いているか、だいたいの場所はわかっているつもりだった。
ずっと前のことだったが、「おやすみ」を言ったもののまだ眠くなかったアイシャは、母の後ろをついていったことがあった。
ただ「いつもどこに行くんだろう」という好奇心からだったが、途中でアイシャの存在に気がついた母親に家へ連れ戻されこっぴどく叱られた。
それ以来「危ないから」という理由で、毎晩寝る前に「来ちゃダメよ」と言われるようになったのだった。

外はガタガタと家々の窓が風で震えており、道に項垂れて座っている人もちらほらいる。
いつもの見慣れた光景ではあるのだが、今日はとても気味悪く感じた。
死肉を求めて地下にやってきたのか、カラスがカァ、と鳴くとアイシャはどこか嫌な予感がし、歩く速度が自然に上がった。


この角を曲がって、ここを真っ直ぐ行って…


あやふやではあるが、記憶に確かな目印を目安に歩みを進めていると、両手を伸ばして話しかけてきた男がいた。

「こんな時間にどうしたんだい、男の子?女の子?少しだけおじさんと相手してくれないかなぁ」

ニヤニヤと笑うそれを横目で見ると、アイシャは無視して走り出した。


早く、早く!
一目見れたらそれで良い。
とにかく安心したい。


悪夢を見てしまった、ただそれだけなのに。
自分のどこからか湧き上がる焦燥感がアイシャを動かす。
嫌な夢も、悪夢も、今まで何度も見てきた。
その度に嫌な気持ちになったり、寂しくなったり、悲しくなったりした。
でも今回は何故か“嫌な予感”がする。


先程の男の元から走り、息も絶え絶えになってきた時にようやく目的地らしき建物が見えてくる。
それは2階建ての、少し古びた建物だ。
恐る恐る扉を開けると、中には廊下と、階段、そしていくつかの扉があった。
忍び足で廊下へと進むと、ギシ、と床の木が鳴った。


(きっとこのどこかの扉の先にお母さんが…)


仕事をしているであろう建物まではわかっていたが、そこから先はわからない。
とりあえず近い扉から訪ねてみようと廊下を歩いていると、どこからか女性の悲鳴のような、悦んでいるかのような声がベッドの軋む音と共に聞こえた。


(…ここは“そういう”場所なんだ)


アイシャは今まで母の保護の下まだそのような経験はなかったが、そのようなことに疎い少女でもなかった。
年頃であったし、そうして生きている少女たちを目の当たりにしたこともあったので、その音が何を意味しているかすぐにわかった。
そして同時にズキズキと頭が痛くなるくらい、色々な感情が突き抜ける。


…お母さんも此処で―?
もしかして…私たちの生活の、為…?




『『パリンッ!!!!』』




頭を抱えてしゃがもうと思った時、2階から窓が割れるような大きな音がした。


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