夜明けの時間。

□08,男の名前
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とくん  とくん


鼓動の高鳴りを抑えながら背中を追いかける。
やっと見つけたんだ。
逃すまい。
せめて正体くらいは─


気持ちを引き締め走っていると、深緑の外套の先に見えていた3人のうちの2人が同時に左右に別れ、それを追うように外套を纏った者も左右に別れた。

真っ直ぐ進んでいるのは奴らのリーダーだろう。
どうせ狙うなら、頭を潰す。
あとの仲間はそれからだ。
どんどん小さくなっていく姿を確認しながら、後を追う。

憲兵に捕まったら、彼らはどうなるのだろう?
今までの悪事を裁かれ、殺されるのだろうか?

─そんなことはさせない。

"死ぬ"という結果は同じであったとしても、私がこの手で一矢報いなければ。
私のたった一人の家族を、私の幸せを奪った苦しみを味あわせてやりたい。
走る足に力が入った。




「「ドコン!!」」



何やら大きな音がする。
急がなければ。
疲弊した脚に喝を入れ、音のした方へと急ぐ。
すると次に金属同士のぶつかるキン、キンという音が聞こえてくる。
音は近い。もう少しだ…!

通りを走り小さな広場へ出ようとした時だった。
人の声が聞こえて慌てて建物の影に身を潜め、上がった呼吸を必死に沈める。
心臓がどくどくと鼓動し、聞こえてしまうのではと焦りながらも影から様子を伺った。


そこには金髪の男に抑えられ、ナイフを手放す奴の姿があった。
仲間たちも拘束され、次々に手錠をかけられ、座らせられる。
その頭は皆、項垂れている。


「いくつか質問をさせてもらう。」


奴らの目の前に立っている金髪の男が質問を始めた。
立体起動の入手、また操作方法について、兵団で訓練を受けたかについて問うが、誰ひとり答えない。
すると痺れを切らしたのか、リーダーの近くにいた男が奴の頭を掴み、そのまま地面に叩きつけた。
そこには水たまりが出来ていて、奴は泥だらけだ。
アイシャはそれを良い気味だ、と思いつつも静かにそのあとを見守った。


「もう一度聞こう。立体起動をどこで学んだ?」
「誰にも習ってない!独学だ!」


リーダーへのこれ以上の仕打ちを避ける為か、慌ててあの仲間の金髪が答える。


「独学だと?…信じられんな」


その言葉に更に声を大きくして金髪が反論し、赤髪の女もそれに乗ずる。
よく見れば、赤髪の女は自分より少し年下くらいのまだ少女に見える。
あんな子にまで悪事をさせていたのか、と思っていると頭を押さえつけていた男がその顔をあげさせた。
するとそのタイミングで質問をしていた金髪の男が奴へと近寄っていく。


「私の名はエルヴィン・スミス。お前の名は?」

「・・・。」


ゴクリ、と唾を飲む。
私は今まで殺そうとしている男の名前すら知らなかったのだ。
これでまたその日に一歩近づける。
耳を澄まし、次の言葉を待つ。



「・・リヴァイ。」



(リヴァイ―)




心の中で静かに名前を繰り返す。
ようやく僅かながらに、奴らの情報を得られた。


その小さな一歩に喜びを噛みしめた時だった。


「リヴァイ、私と取引しないか?」

(…取り引き…?)



その言葉が何を意味しているのかは奴、リヴァイもわかっていないようでその言葉を繰り返した。


「お前たちの罪は問わない。代わりに力を貸せ。調査兵団に入団するのだ。」


…調査兵団?
兵士は憲兵団だけではなかったのか。
改めて自分の無知さに幻滅しつつ、アイシャは大事なことに気が付いた。

調査兵団がどのような組織かは知らないが、それを了承すれば奴らはこのごみ溜めの街から地上へ行ってしまうのではないか。
…ともなれば、復讐を果たす日がまた遠くなってしまう。
やっと情報を得られたと思ったのに…くそ。



「…断ったら?」
「憲兵団に引き渡す。」



リヴァイがエルヴィンとやらに問うと、この答えだ。
憲兵団に引き渡されても困る。


そんなこと勿論関係のないエルヴィンは、こう続けた。


「これまでの罪を考えれば、お前はもとより、お前の仲間もまともな扱いは望めないだろうな。…好きな方を選べ。」


「「「・・・。」」」



誰も喋らない。
視線がリヴァイに集まる。
皆が彼の言葉を待っている。




「・・良いだろう。」


リヴァイは立ち上がり、ペッと唾を吐く。


「調査兵団に入ってやる。」




やっと掴もうとしていたものが、指の間からすり抜けていく感覚に茫然とした。
急に先程走り続けた疲労が足にどっとのしかかる。
あぁ、こんなに疲れてたっけ。

へなへなと崩れ落ちそうになる体を壁に預け、深く溜息をつく。
そしてリヴァイらの方を見やれば、彼らは手錠をかけられたまま立ち上がらせられ、調査兵団の兵士に連行されるところだった。

あぁ、今度は尻尾を掴むどころか地上への抜け道でも探さない限りどうしようもない―
その遠い道のりを悲観した時だった。



「!!!」



エルヴィン・スミスが後ろを振り返り、その視線がアイシャのそれと重なる。
睨めつけるわけでもなく、ただ真っ直ぐにアイシャの目を見つめていた。
思わず驚いてすぐに壁に頭を引っ込める。


どく どく どく


心臓がうるさい。
あのエルヴィンという男、私がここで聞き耳を立てていることに気が付いていた…?


恐ろしい。


もう一度その姿を確認しようと壁から顔を覗かせるも、もう此方を見てはいなかった。




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