夜明けの時間。

□10,地上(うえ)へ
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此処が、地上…

階段を上がった後に注がれたその眩しい太陽の光に思わず目を細める。
“ミケ”と呼ばれる兵士に捕らえられた私は彼らと同様、両手を拘束されているせいでその日差しを手で遮ることは出来なかったが、初めて浴びる太陽の光がぴしぴしと注がれる感覚を肌に刻んだ。


「此処で待て」


捕らえた私と話すこともないのか、もともと口数が少ないのか、この兵士は必要最低限意外のことは口を開かない。
かわりに自分の匂いを嗅がれたような気もするが、振り返った時には薄ら笑みを浮かべているだけだったので、自分の中で気のせいだったのか、と何もなかったことにした。


***


待て、と言われてどれくらい経っただろうか。
無言の時間が過ぎた後、漸く馬車が一台やってきた。
なるほど、本来必要のなかった私の捕獲で馬車が足りなくなったのか。

「乗れ。」
「…。」

先に馬車へと乗せられ、正面と隣に兵士が座る。
後ろで拘束されていた手を前にされて、少し体勢が楽になった。


さて、
これからどうしたものか。


馬車がガタゴトと動き出す。
その窓から見えるのは初めて見る地上の景色なのに、全く興味を持てなかった。
頭の中でぐるぐると整理しきれない情報が飛び交ってそれどころじゃなかったからだ。

これから私は調査兵団に尋問されるだろう。
捕まったのは彼らの後を尾行したから、もしかしたらリヴァイ一味の仲間と疑われているかもしれない。
いや、その可能性が一番高い。
もしくは、調査兵団の害となる可能性で一時的に捕らわれたか…

何にせよ、咄嗟に出た嘘で『調査兵団に興味がある』だなんて言ってしまったからには、その方向に持っていかなければ。
奴らがこれから調査兵団に所属する以上、自分も調査兵団に近づかなければ殺るチャンスは廻ってこないだろう。
そう考えれば、あながち悪い嘘ではなかったかもしれない。



「─い、…おい、聞いているのか?」

「えっ」

突然聞こえた言葉にビクリとする。
見れば“ミケ”が私に向かって何か言葉を発していたようだった。


「お前は立体機動装置を使うのか?」

「…私は知らない。見たことならある。」

「…そうか。」


それっきりミケは口を開くことなく、また再び静寂が訪れた。
彼は何かを探ろうとしたのだろうか。
ガタガタと揺れる馬車の音が、余計に大きく聞こえた。



***************



「此処で待て。」

おそらく調査兵団の拠点に着いた私は、待っていた兵士に地下の一室へと通され、本日2度目の言葉を聞いた。
地上へ出たと思えばまたすぐ地下だ。
何もない部屋にポツリ、と置かれた椅子に座らされた。

てっきり牢屋みたいなところに入れられると思ったが、案外普通の部屋に通され拍子抜けする。
しかし両手に加え、脚も拘束され逃げ出すことは不可能だ。
…と言っても、逃げ出す必要はないのだが。


─コンコン


暫くすると
「入るよー」
という言葉と共にミケ、そしてもう一人の兵士が入ってきた。

「やぁ、こんにちは。」

現れたのは中性的な眼鏡をかけた、物腰の柔らかそうな人だった。てっきり拷問されるんじゃないか、またはもっと迫力のある恐い人に尋問されるのではと思っていただけに、またも拍子抜けする。
いや、これから人が変わるのかもしれないが。


「私の名前はハンジ・ゾエ。此処にいるのがミケ・ザカリアス。で、あなたは?」

「…アイシャ。」

「アイシャって言うんだね。アイシャ、今日はお客さんが沢山来ていてねぇ、皆とっても忙しいんだ。」

「…。」

「だから忙しい彼らに代わって私たちがいくつか質問したいと思う。答えてくれるね?」


大丈夫、痛いことなんかしないから


と言ってニッコリ笑うものだから逆に怖くもなったが、コクリと頷いた。

「えーっと、なんとなくしか話は聞いてないんだけど…とりあえず出身地を聞こうか。」

「地下」

「仕事は?」

「…してないのと同じ。」

「家族は?」

「…。」


ズキリ、と心が傷む。
色々な感情が込み上げてくるのを抑えるように小さく息を吐いた。


「もう、いない。」

「…そうか。悪いことを聞いたね」

ハンジと名乗った兵士は眉を下げて悲しそうにしている。
他人なのだから、そんな表情することもないのに。


「じゃあ、そろそろ質問を変えよう。」


急に真面目な表情になり、そろそろ来るか、と覚悟する。

「アイシャ、君は地下街で私たち調査兵団のあとをつけていたそうだね。それはどうして?」

「…興味があったの、調査兵団に。」

「へぇ、私たちに?捕まった彼らにではなくて?」

「…違う。」

ハンジはふぅ、と溜め息をついた。


「ではアイシャ、その興味のある調査兵団って何をするか知ってるかい?」

マズイ、と思った。
無知な私は最近“憲兵団”を知ったばかりなのに、調査兵団が実際にどんなことをするかなんて知らない。
名前の通りに考えれば、何かを調べる組織…なはず。


「私、ずっと地下で育ったから地下しか知らないの。」

だから、

「私からすればこの地上だって違う世界。私は…もっと違う世界が見たい。」


嘘は言ってない。
もっとも、調査兵団への興味は奴らが入団することになったからではあるが。

「それで…自分たちの知らないことを調査する調査兵団が気になったの。」



苦し紛れすぎるか…
と思って顔を上げると同時に、ハンジのかけていた眼鏡がキラリ、と光ったような気がした。

「…それって、もっと巨人について知りたいってことぉ!?」

「ま、まぁ、はい。」

調査兵団って、巨人の調査をする人たちだったんだ…。
まぁ、自分にはそれがどんな団体であるかは関係ない。
重要なのは、リヴァイらの命を絶てるチャンスを掴むこと。
その為には、調査兵団がどんな目的を持った集団であろうが自分も所属出来れば良いに越したことはない。


─全ては、復讐の為。



「それで、私はどうなるの…?」

「上次第だ。」

興奮しているハンジの後ろで、今まで黙っていたミケが口を開いた。

「お前は立体機動も知らない。巨人のエサになるだけだろうな。その覚悟が出来なければ地下へ戻るんだな。そんなに調査兵団に入りたいのなら、兵団の訓練から受ければ良い。」


…まぁ、決めるのは上だが。


と付け加えられたが、勿論答えは決まっている。

「私はそれでも構わない。いや、巨人のエサになんかならない。絶対に立体機動を使いこなしてみせる。だから…」


ゴクリ、と生唾を飲み込む。


「私を調査兵団に入れて欲しい。」


そう言ってまっすぐに前を見据えた時、再び“コンコン”とドアをノックする音がした。





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