夜明けの時間。
□11,目と鼻を信じる
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「失礼します」
少し控えめなノックとこの声は…
「入って良いよ〜モブリット!」
「はい。」
カチャリ、と静かに開けられた扉の先にはやっぱり、私の優秀な部下、そしてもう一人兵士が立っていた。
「お取込み中失礼します。エルヴィン分隊長がお呼びです。」
「了解!あ、でもそうすると彼女は…」
「代わりに私たちが見張りすることになっています。」
「オッケー!じゃ行こうか、ミケ。ってわけだからさ、またね、アイシャ!」
手をひらひらと振ってみれば、拘束された手を振りかえす代わりとでも言うように、アイシャの真っ直ぐな瞳に見つめられてドキリとする。
あれは覚悟のある者の目だ。
調査兵団はいつも“死”と隣り合わせ。
それでも志望してくる兵士はそれなりの覚悟が出来ている者ばかりだとは思うけど、あそこまで覚悟のある目をしている者はそうそういない。
パタン、と扉を閉めエルヴィンの待つ部屋へと向かう。
「ねぇ、ミケはどう思った?」
彼はカンが鋭いからね。
黙って見ていることが多いけど、その分その時の情報を吸収して、冷静に考えてると思うんだ。
「…何かがひっかかる。」
「それって、ミケの言う“匂う”ってこと?」
「…まぁそうかもな。」
長く続く廊下を歩きながら、ぼんやりと考える。
確かに彼女は本当に調査兵団に入りたいって思っていなかったかもしれない。
地下街から捕らえた者の仲間という疑惑が消えたわけでもない。
ただ、あの目は本物だ。
少なくとも、私にはそう見えた。
そう考えてみると、自分でも何かがひっかかっているじゃないかと気が付く。
「ミケ、私も“匂う”かもしれない。」
多分、良い意味でだけどね。
いや、それを願おう。
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「ゴロツキの奴らに足りないのは、規律と陣形の知識だ。それなら短時間でも充分だろう。馬鹿ではないらしいからな、エルヴィン。」
「はい。」
「では、以上だ。」
会議が終わり、ガタガタと皆が席を立ちあがり始める。
やはりフラゴンらには理解しがたかったか。
正規の兵団の訓練を受けてきたからには、ポンと出てきた奴らを認めがたいのはよくわかる。
しかしあの立体起動の腕を見れば、彼こそ馬鹿ではないのだから直に受け入れるだろう。
ふぅ、とエルヴィンが溜息をついた時だった。
「…エルヴィン、少し良いか。」
「はい。」
皆が部屋から出て行ったのを見計らってか、団長に声をかけられた。
「例のゴロツキ共の捕獲については先程君から報告を受けたな。」
「はい。」
「予定より一人多いことについてなんだが…」
「はい、そのことで私も団長と話したいと思ってました。先程は報告しか出来なかったもので。」
「ほう。」
「その者についてなのですが、今はミケとハンジに尋問させています。捕獲・連行はミケに任せたので、彼らからの報告を聞いてから団長に委ねようかと。」
「それで、だ。」
彼はゴホン、と咳払いするとこう続けた。
「エルヴィン、君の判断に任せようと思う。」
「私、ですか?」
「そうだ。君はあらゆる状況を冷静に判断し、それを次に繋げることが出来る。今回のゴロツキの立体機動の腕を買ったのも君だ。まだ奴らが壁外や巨人討伐で活躍したわけではないが、少なくともエルヴィン、君の判断だ。期待している。」
「…。わかりました。」
「また何かあったら報告してくれ。」
「はっ!」
団長に敬礼をし、部屋を後にする。
そろそろ尋問も済んだ頃だろう。
彼らからの報告を聞く為に、たまたま廊下で居合わせたハンジの部下を見張りに向かわせた。
さて、彼女の正体を暴けたのだろうか…
***
執務室で暫く待っていると、扉がノックされた。
「エルヴィン、入るよー」
「あぁ。」
二人を席に座らせ一通り報告をさせる。
立体機動の扱い方を知らないこと、尾行したのは捕獲した奴らではなく、我々調査兵団に興味があったからだということ。
なるほど、聞いてみれば全て、奴らの仲間だからこそ羅列しそうな嘘のようにも聞こえる。
「で、お前たちはどう思う?私にはその場しのぎの嘘にしか聞こえないが。」
「それなんだけどね、エルヴィン…最初は私も嘘にしか聞こえなかったんだ。何せ仲間やスパイじゃないかって疑いの目でこっちは見てるしね。」
「…それで?」
「でも、少なくとも調査兵団に興味がある、つまり入団したいって言ったのは本心だと思う。」
でなければあんな覚悟のある目は出来ないからね、とハンジは付け加えた。
「ミケ、お前は?」
「俺は…」
ミケは巨人のエサになるだけだ、と言った後のアイシャの言葉が頭に浮かんだ。
(巨人のエサになんかならない。絶対に立体機動を使いこなしてみせる。だから…)
(私を調査兵団に入れて欲しい。)
正直まだアイシャへの疑惑が消えたわけではない。
寧ろ、疑いの目で見ている。
ただ訓練兵が憲兵団や駐屯兵団を志望する奴が多い中、こんなにも調査兵団を切望するその姿勢に悪い気分がしなかったのも事実。
「俺は…試してみる価値はあると思う。使えなければ巨人のエサか、囮にでもすれば良い。」
「…お前のカンか?」
「そうだ。」
エルヴィンは考えた。
あの時、ミケは捕えた後ここまで連れてきた。
必要がなければ、あのまま地下に置いてくることも出来ただろう。
そういう意味で彼の“鼻”を信じたから、ミケを向かわせた。
フ、とエルヴィンは笑った。
「決まりだな。ミケの言う通り、使えなければ巨人のエサになるまでだ。調査兵団入団を許可する。」
顔を綻ばせるハンジに「ただし」と続ける。
「首の皮一枚でいることを忘れるな。引き続き監視は続ける。」
吉とでるか、凶とでるか。
これからまた忙しくなりそうだ、とエルヴィンは思った。
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