その他
□身代わり
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「よぉ!千鶴!」
「不知火さん!お久しぶりです!」
俺は千鶴を訪ねて江戸の家の敷居を跨ぐ。
甲州勝沼での戦いで命を落とした原田とそれを間近で見ていた千鶴。
原田は共同戦線を張った俺に対して、千鶴に聞こえないよう呟いた。
『俺がここで死んだら、あいつのことは頼むぜ?』
今思うと原田は死期を悟っていたのかもしれないと思う。
あり得ない数の羅刹に囲まれ、ただの人間である原田が助かる見込みはなかったのかもしれない。
結局俺はダチをまた亡くした。
そして原田から預かったまだガキだった千鶴を江戸まで連れ帰り遺言を聞いてやる形でこうして千鶴に会いに来る。
あれからもう三年だろうか。
千鶴はもうガキではなくなり、俺の中の千鶴の存在も大きくなっていた。
だが、千鶴は原田の女だ。
手を出す気にはならない。
「最近はどうだ?変な奴らに絡まれてねぇか?」
「最近縁談を頂くことが多いんです。嬉しい話なんでしょうが、私は何処かに嫁ぐなんて…」
こうして千鶴の兄のように身寄りのないこいつの保護者をしている。
でも今まで縁談のことなんて聞いたことはない。
もし、こいつの縁談が決まれば、こいつは幸せになれるのではないか、そんな思いが頭をよぎる。
いつまでも俺がここを訪ねればこいつは原田を引きずるだろう。
勿論引きずることが悪いことだとは言わないし、言えない。
でも、原田が大事にしてた、俺が大事にしてるこいつには幸せになって欲しかった。
「よかったじゃねぇか」
俺はカラカラと笑って頭をぐしゃっとなでた。
しかし千鶴はそれ以来顔を上げない。
しまいには強く握った拳に水滴が溜まるのに気がついた。
「千鶴!?何泣いてんだよ!?どっか痛ぇのか?」
俺がどう声をかけようと首を振るだけの千鶴は涙を流すばかり。
「話しちゃくれねぇか?」
困り果てそう言うと千鶴は泣きながらも俺を見上げる。
その顔は完全に女のそれで俺の心は一度に波打つ。
「私、縁談なんてしたくないです。不知火さんには…よかったなんて言われたく…なかったです!私は…不知火さんのことが!」
瞬時にこいつが何を言うか悟った俺は銃口を突きつけた。
息を飲んだ千鶴は悲しそうな顔をする。
でも、それは一番こいつに言って欲しくない言葉。
原田を裏切って欲しくなかった。
「千鶴。今のは聞かなかったことにしとくぜ。それは気の迷いってもんだ。頼れる奴が俺しかいねぇってそれだけなんだ」
「違う!違います!」
首を振って否定する千鶴にさらに言い募る。
「今日、原田の命日なんだぜ?そんな日にこんな話…ふざけんな。俺は原田じゃねぇ!身代わりにされるなんてごめんだ!」
後半は頭に血が昇り感情的になってしまう。
銃口を下ろすと千鶴は更に苦しそうに顔を歪めた。
その顔をみてハッとする。
俺はこいつを泣かせるためにここに通ってるわけじゃない。
そう思うとスッと謝罪の言葉が出た。
「すまねぇ。言い過ぎた。でもな、千鶴。俺は原田じゃねぇんだ」
原田の代わりになんてなってやれない。
だってそうだろ?
好いた女が俺を通して別の男を見てるなんて俺には耐えられそうにねぇんだ。
「違います」
でも千鶴はやっぱり否定の言葉を紡いだ。
「原田さんのことは勿論忘れることなんてできません。ですが、私が弱っている時救ってくれたのは、お側に居てくれたのは、不知火さんなんです。原田さんは今でも大好きです。だけど不知火さんはなんだか違う、ずっと一緒に居たいって、幸せにして欲しいってそう思ってしまうんです」
最後にこれは原田さんに対する裏切りなんでしょうか、そう付け加えて。
その瞳に吸い込まれそうなほど引き込まれる。
ふっと肩の力が抜けた気がした。
「んだよ、それ」
乾いた笑いとともに俺は千鶴を腕に閉じ込める。
「俺は、お前がまだ原田のこと好いてるって、そう思って…縁談なんてさせてたまるかよ」
腕の中で身じろいだ千鶴はゆっくりと顔を上げる。
「私がお慕いしているのは、不知火さんです」
そう言い切った千鶴の決意の顔は俺が知ってる二人の男と同じだった。
『あいつのことは頼んだぜ』
原田のこの言葉が、もしかしたらこうなることを踏んでのことだったのではないかと解釈するのは狡いことだろうか?
だけど、お前が描いた未来を、俺が継いでやる。
絶対幸せにしてやる。
俺様が言うんだから間違いねぇよな?
Fin
はい。初不知火です。
原田さんが死んじゃうのは確か映画でしたっけ?
それ見て、その場に千鶴がいて、その後も不知火がちょいちょい面倒見てくれて、っていうの想像したらこうなりました。
ごめんなさい。