沖田総司

□なんて馬鹿なんだろうね
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「ぐすっ、ぐすっ、とぉ…様…」



これは千鶴ちゃんがこの屯所に来てからひと月ほど経った頃の話。



「父様…会いたい…」



彼女への見張りをつけなくなった頃だった。


彼女の部屋の前を通る時に聞こえた僅かなすすり泣く声。


それが彼女のものだということは容易に想像がついた。


彼女は、一人で泣いていた。



そりゃそうか…



彼女は一人で江戸から京まで出て来て、父様を探してるんだ。


普通の女の子にはできることじゃない。



それなのに、こんな男だらけの屯所に閉じ込められて…泣かないわけないよね。



少し考えれば想像ついたはずだ…それなのに…



僕は自分の行動に酷く嫌悪感を抱いた。



これは昨日の夕餉の後。



みんなで談笑してた時だ。



彼女は左之さんや平助に囲まれて笑顔で話していた。



時にはむっと膨れて見たり、眉毛を下げたり。



そんな彼女になぜだか無性に腹が立って投げつけた言葉。




「君って本当に能天気って言うか…なにも考えてなさそうだね。悩みとかなさそう」



それを聞いた千鶴ちゃんはやっぱり笑って言った。




「そうですね。ここに置いていただけるようになってからは、なにも考えずに生活できています。本当に、みなさんお優しいので」




彼女は確かにそう答えた。だけど…その裏に潜む悲しみに気がつかなかったんだ。



少し考えればわかることだったのに…



僕は自分への嫌悪感を押し消すようにして千鶴ちゃんの部屋の襖越しに腰を下ろした。



そう、まるで見張りについていた頃のように。



そして月見窓に向かって声をかける。




「千鶴ちゃん…ごめんね」




自分でも驚くほどすんなりと出た言葉に襖越しにでもわかるほどの動揺した言葉が帰ってきた。



「え?!あ、あの?お、沖田さん?!」




「うん。僕」




「どうしたんですか?こんな遅くに」



平静を装うその声色に、思わず騙されそうになる自分がいる。




きっと今までもこの子のこういう我慢に騙されて来たんだなと。




「僕は…君に謝らないといけないと思ってね」




「謝る…?」




「入ってもいいかな?」




千鶴ちゃんの問いには答えず、僕は部屋に入っていいか尋ねる。



「え!あの!ちょっと待っててください!いま片付けますので」



「そんなの大丈夫」



僕はそのまま襖を開けた。





「お、沖田さん!」




「やっぱり…泣いてた」




慌てて布団をかぶる千鶴ちゃんから布団を剥ぎ取って顔を覗き込む。



案の定彼女の瞳はウサギのように真っ赤に染まっていた。




「わ、私、泣いてなんてないです!」




「じゃあ、泣いてないならどうしたの?その目」




「それは…その…」





彼女はやっぱり笑った。




「なんだか眠くなっちゃって、欠伸をしたんですよ」




「ごめんね」



唐突に再び謝罪をした僕に驚いたのか千鶴ちゃんは呆然と僕を見つめる。



「な、にがですか?私、沖田さんに謝られるようなこと…」




「昨日、夕餉の後、千鶴ちゃんに酷いこと言った」



「え…?」




「こんなところに閉じ込められて、父様にも会えなくて、寂しくないはずないのに、辛くないはずないのに」




「沖田さん?」




「ごめん」




僕の手は僕が考える間も無く、千鶴ちゃんの頬に触れていた。



「私…」




「僕が絶対に父様を見つけてあげるよ。他の誰でもない、千鶴ちゃんのために…だから、ね?今日ぐらいは泣いてもいいんじゃないかな」




「おき、た、さん…」




僕が言うと、千鶴ちゃんの瞳にはみるみるうちに涙が溜まり、頬を滑り降りたその光は僕の指をも濡らした。




「仕方ないから、お詫びに抱きしめててあげる。ほら!暴れないで!父様だと思ってもいいから!」




せめて、今日の君が安心して眠れるように。




「父様に、会いたいです。寂しいんです。みなさんよくしてくださって嬉しい。でも!優しくされるたびに父様のこと思い出す…」




「うん…」





「でも、みなさんのこと大好きで…」






「うん…」




疲れていたのか、泣き疲れたのか、しばらくすると千鶴ちゃんは寝息を立て始めた。



そのまま僕は部屋を出ようと立ち上がる。





「んっ…」




小さな手に掴まれた僕の羽織の裾。



それを見てその場にもう一度座り直す。




「全く、世話が焼けるんだから」



ため息をついて見せたけど、聞いてる人なんていない。




「おきた…さん…」



彼女の口から紡がれた小さな寝言。



それは綱道さんを呼ぶ物ではなく、僕を呼ぶ声。




「可愛いことしてくれちゃって…」




少しにやけたこの顔を、見てる人なんていないから。




「なぁに?」




今夜ぐらいはいいよね。




眠ってる彼女の涙の後の残る頬に一つ、唇を寄せた。




Fin





誰だこいつら。
なんとなくさみしがる弱い千鶴ちゃんが書きたくて書いたけど…
左之さんあたりの方が良かった気がする。
総司くん感皆無ですね…

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