沖田総司
□冷める
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「ウザいんだよね。こういうの」
私は目の前が真っ暗になった。
これは数分前のこと。
沖田さんが縁側に座っているのを見かけ、炊事場でお茶を淹れた。
それを大切に抱え、再び縁側に向かう。
彼は何をするわけでもなく、ただ遠くを見ていた。
まるで、何かを探しているような悲しげな瞳で。
「沖田さん?」
心配になって声をかける。
「千鶴ちゃん」
私を振り見た沖田さんの表情は笑っているようで笑っていない、張り付いたような笑みだった。
「あの、お茶を…」
落ち着かなくなって私はお茶を差し出し去ろうとする。
しかしそれは沖田さんの驚くべき行動によって阻止された。
「な、なんで…?」
「なんでって、ウザいんだよねこういうの」
彼は手にした湯呑みを逆さまにした。
庭の土に染みるお茶から湯気が立つ。
「僕さ、お茶なんて頼んでないよね?迷惑なの。わかる?」
目の前が真っ暗になり立ち尽くす。
「ご、ごめんなさい…」
ようやく絞りでた声は震え、瞳からは堪えようのない涙が今にも流れようと待っている。
「あれ?泣くの?困ったなぁ。僕が怒られちゃうじゃない」
私は逃げるように部屋へ戻った。
* … * … * … * …* … * … * … * …
「千鶴ちゃん泣いてたな」
僕の声は誰に聞こえるでもなく消えていく。
僕が捨てたお茶からはもう湯気なんて上がっていなくて、冷めていて…
僕らのようだった。
これで、僕と千鶴ちゃんはこのお茶のように冷めた。
「ごめんね。ごめん…」
いつの間にか僕の口からは嗚咽混じりの謝罪が溢れ、それと共に咳がでた。
「ごほっ、ごほっ!」
腹が立つ。
この病気にも、どうすることもできない自分にも。
それでも僕は千鶴ちゃんを守り抜こう。
たとえ千鶴ちゃんが悲しんだとしても。
僕は多分すぐに死ぬだろう。
その時僕に思い入れを持った千鶴ちゃんは?
今よりも悲しむんじゃないか。
だったら、嫌な人が死んだだけと、そう思ってもらおう。
こうすることでしか千鶴ちゃんを守れない自分が情けない。
だけどきっとこれが僕にできる最善。
だから君は、どうか笑っていて。
僕がいなくなった後も。
Fin
労咳が発覚後、千鶴ちゃんを遠ざける沖田さん。
でもなんだか千鶴ちゃんが気がついて結局結ばれる気しかしないですね。