風間千景
□すれ違い
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「…」
二人の間に奇妙な沈黙が流れる。
私の頬に添えられた手が意味することは分かる。
更には過去、蝦夷の地でかわしたこともあった行為。
千景さんが口吸いをする時の動きだ。
しかし今回は千景さんがそれ以上私に近づくことはなかった。
ただ、少し寂しそうに目を細めただけ。
実はこの状況に陥ったのは初めてではないし、一度二度という少ない数でもない。
こうなった後必ず千景さんは後ろを向き言う。
「すまない」
私は自分の頬に涙が伝ったのがわかった。
今まで溜め込んでいた涙が堰を切ったように溢れ出し、俯く。
すると黙っている私に違和感を覚えたのか千景さんが振り返るのがわかった。
「どうしたんだ。なぜ泣く。いや、愚問であったな…」
もう一度すまないと謝ると更に悲しげに目を伏せた千景さん。
「千景さん。私では駄目なのですか。私は…貴方に相応しい妻にはなれませんか?」
思わず漏れた本音に静寂が落ちる。
祝言を挙げ、千景さんの里で暮らすようになった私たちの距離は一向に縮まることなく、ようやく良い雰囲気になったとしても千景さんは直前で去ってしまう。
本当に私は女鬼だから連れて来られただけなのだと思うと、どうしようもない感情にまみれてしまう。
きっと千景さんは私のことを見ていない。
「…離縁…していただけませんか…」
私はずっと秘めていた言葉を告げる。
「…」
千景さんは眉を寄せたまま。
「わかっています。頭領である風間家が離縁などあってはならないことだと。でも、このままでは…!」
「そうだな…」
ぽつりと呟いた彼の言葉はかき消されそうな程弱く空気に混じる。
「お前がそれを望むのならそうするのがよいのかもしれん」
私は耐えきれなくなり、背を向ける。
そのまま部屋を去る直前言った。
これが、私の千景さんに対する想いだと。
「お慕いしています」
「待て!」
瞬間鋭い、焦ったような声とともに私の腕が掴まれた。
「どういうことだ?」
そのまま背中から抱きしめられ、千景さんの声が耳をくすぐる。
「千景さんにとっては…ただの女鬼で、手も出せない程魅力のない女だとしても…私は、貴方のことを好いています…。このまま千景さんの隣にいるのは辛いんです」
「すまない」
千景さんは更に抱きしめる力を強めるとはっきりと言った。
「俺は大きな過ちを犯していたようだ。己の妻の気すら分からないなど風間の名が廃る」
更に続ける。
「ましては誓いを交わした相手だというのにな。惚れた女の想いもわかってやれぬなど末代まで伝わる恥だ」
「どういうことですか…?」
私の問いに返ってくる嘲笑を混ぜた声色。
「己の怠惰の所為でお前を不安にさせたと言うことだ。俺は、お前を好いている」
「千景さんが…私を?そんな…だって、千景さんはあれから私に何も…」
「俺はお前を無理矢理嫁に迎えた。お前の気持ちも知らずにな。まだ、新選組の奴らを想っていると信じていた」
「それって…」
「これ以上、お前に恐れられるのも厭われるのも耐えられなかった」
それは、いつも千景さんが見せずにいる彼の本音。
では、今までのすまないは…私が嫌がっていると思って…?
「もう気持ちを違えないように誓おう。俺が祝言を交わし、惚れた女はお前だけだ」
「千景さん…本当に?」
「我ら鬼は嘘は言わない。何度言ったら分かるのだ」
ふっと優しく笑ったのがわかり、私は方の力を抜いた。
「私が好いているのは千景さんだけです。この気持ちにも偽りはありません。何せ私も鬼ですから」
くるっと反転させられた私の顔は千景さんの胸に抑えられた。
「流石は俺の妻だ」
そして久しく合わさる唇。
いつも無表情の千景さんの表情が柔らかかったのはきっと気のせいではない。
Fin
千鶴ちゃんが新選組を引きずってると思ってるちー様を書きたかったのですが失敗しました。