風間千景
□殺したのは誰
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「まさか蝦夷まで追って来るとはな。俺が死んでたら無駄足じゃねぇか。お前も、こんなとこまで女の足でよくもまぁ」
前半は俺に向けて、後半は俺の隣に立つ千鶴に向けて、土方が言った。
「はい。もう一度会いたくて。ご無事でよかったです」
千鶴も柔らかい表情で笑う。
しかし、俺と土方は知っていた。
この後、千鶴が悲しむと言うことを。
それは恐らく千鶴もわかっていたことだ。
「俺は、この戦いで禍根を消し去る構わないな?土方」
「ああ」
そんな俺たちを見て千鶴は息を飲む。
そして俺の服の裾を掴む。
「待ってください!やめてください、戦うのは…やめてください」
「俺は何のためにここまで来たと思う?土方と剣を交える、そのためだけにこの地に降りたのだぞ」
千鶴の腕を掴み後ろへと下げる。
そうだ、千鶴は土方たち新選組を探してここまで来た。
見つけて早々協力者と戦う姿を見るなど酷なのかも知れぬ。
だが、それもまた知ってついてきたはずだ。
俺は千鶴のために手を抜くことも、戦わぬという決断をすることもない。
それは俺自身の誇りにかけて。
「風間さん!」
「お前は黙って見ていろ。口出しはさせない」
俺がそう言うと土方に目を向ける千鶴。
だが土方の目もまた俺を見据えていた。
「すまねぇな。積もる話もあるだろうがここまでこいつが来ちまったんだ。俺も向き合わねぇといけねぇよな?」
千鶴は自分では止められないと悟ったのか悲しそうな顔で一歩下がった。
「どうか、ご無事で」
聞かずともわかる、どちらに言っているのかなど。
俺に対しての言葉では無いのだから。
向き合った俺たちは刀に手を添え腰を落とす。
どちらともなく踏み切り、切り込む。
素早い攻防の中、本当に一瞬だった。
余りに激しく動き回ったからか、千鶴に迫っていた俺たち。
千鶴を背にしている土方はそれに気がつかない。
しかし、俺が今剣を降ろしたら千鶴まで届くやもしれない。
そう、その一瞬。
俺が剣を引いたときだった。
やけにゆっくりと見えた土方の刀が真っ直ぐに突き出される。
避けることはできない。
そんな一振りだった。
「風間さん!!」
斬られた痛みも、傷口から感じる熱さもなにも感じない。
だが確かに俺の目の前は真っ赤に染まっていた。
「千鶴!?」
土方が目を剥いて千鶴を呼ぶ。
「風間さん…よかったです」
俺と土方の間に倒れる血だらけの千鶴はしっかりと俺を見つめてそう言った。
俺が刀を引いたその時、千鶴の小柄な身体が俺の前に舞い出た。
それを引き裂く土方の刀。
俺は剣を置くこともままならないうちに千鶴のそばに膝をつく。
「愚かだ。お前は…なぜ」
一目でもう助からないとわかる千鶴。
鬼の回復力を持ってしても溢れ出る血は止まりそうになかった。
それでも千鶴はしっかりと俺を見ている。
「風間さんが、ご無事で、よかったです」
『どうか、ご無事で』
先の言葉が頭の中を駆け巡る。
あれは、土方にではなく俺に?
千鶴は、俺に死ぬなと言った?
そう認識した瞬間俺の腕からするりと刀がこぼれ、千鶴の手を掴む。
「すまない。すまない千鶴」
俺の身体は千鶴の血で濡れ、錆の匂いに目が回った。
「好いていました…風間さん」
そう言って目を閉じた千鶴はもう二度と動くことはなかった。
掴んだままの手が冷たく、固くなっていく。
俺はコートを千鶴にかけてやると再び刀を取る。
「土方ぁぁぁー!」
呆然としたままの土方に向けて斬撃を繰り出す。
反応が遅れた土方はそのまま後ろに倒れ、そこに馬乗りになる。
だが、そこから剣を降ろすことができなかった。
悪いのは、土方か?
千鶴の静止を振り切り土方と戦ったのは俺ではなかったか?
千鶴を殺したのは、俺?
「やめろ!!」
土方の声が響いた。
剣は深々と刺さる。
俺の胸に。
「てめぇ…!!」
地面を這い千鶴の元へ向かう。
倒れている千鶴を包み込むように抱きしめた。
すぐに追いかけた俺をお前は怒るのだろうな。
だが、お前のいない世で生きる理由が俺には見つけられそうにない。
すまないな、千鶴。
お前にもらった命、この手で散らせてしまった。
また、すぐに会おう。
Fin
土方さん空気。
千鶴ちゃんを追いかけてしまう風間さん。
土方さんは千鶴ちゃんが守った風間さんに死んで欲しくなかったんだと思います。