原田左之助

□離隊
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近藤さんの怪我と沖田さんの病状の悪化で他の隊士たちの間でもその忙しさといつ戦いになるかもわからない緊張からバタバタとしていた。


そんな時に限って重なる悪いこと。



「幕府の犬どもが!無駄な足掻きだとまだ気付かぬのか!」




夜が更けた頃、外から聞こえてくるその声と、隊士たちの怒鳴り声で何が起こったのか察する私。


鬼の襲撃。



私は急いで広間に出ると、そこには、井上さんと島田さんの姿。


「あの!」



「雪村くん。無事でしたか…」



安心したような表情の島田さんに詰め寄る。



「風間さんたちが…来たんですか?」



渋い顔をして井上さんが頷く。



「私!」



私は急いで外に出る。




「雪村くん!」



慌てた島田さんから伸びる腕を潜り抜けて。



「千鶴ちゃん!なんででてきてるんだよ!」



永倉さんが驚いて私に怒鳴る。



それに釣られたようにその場のすべての目が私に向く。



「てめぇ!」



土方さんは風間さんと向かい合いながらも中に戻れと目で促す。




「自ら我が妻になることを選んだのか?ようやく見切りがついたのか新選組とやらに」



「違います!」




「じゃあなんででてきたんだ!」



槍を構えたまま原田さんが問う。




「私だけ、安全なところにいるなんてできません!私のせいで!みなさんが怪我するのをみたくないです!」



「だからって、お前に何ができるんだ!」



「それは…」



私は島田さんに腕を掴まれ、進むことをさせてもらえない。




「そこまでです」




その場に響いたのは深く重い声。




「風間。貴方の行動は目に余る。薩摩の意向を忘れたわけではないでしょう」



赤い髪の鬼。天霧九寿。



彼の声に溜め息をついた風間さんは刀をしまう。



「またこよう」




そんな言葉とともに身を翻して消える。



私はその場に崩れ落ちるように座り込んだ。



島田さんがなにか声をかけてくれていたが、私の耳にはなにも入らず、再び思考が動き出した頃、私は既に自室にいた。




私は、新選組にいてはならない。



そんな考えが、頭から離れない。



私がここにいる限りここは、新選組は鬼から襲われ続ける。



今回は無傷だったかもしれない。


でも、次は?


誰かが怪我をしないとは、死んでしまわないとは限らない。



そこまでして守ってもらう価値が私にはある?


私は思い立つとすぐに荷物を纏めた。


と言っても、私の私物はこの小太刀ぐらいしかないのだが。



既に月は高い位置。


今なら昼間より他の隊士と会う可能性は低いだろう。




私は足音を殺すように部屋から出た。



「こんな時間に嬢ちゃんひとりでどこに行くってんだ?」




ビクッと肩が揺れる。



「原田さん…」




私の部屋の前の壁に寄りかかっていたのは優しい笑みの原田さん。




「お願いです。見逃してください」




私は勢い良く頭を下げる。



「そりゃ、できねぇな。お前が黙ってここを出れば、斬られるかもしんねぇぞ?」



私はふと思い出す。




『斬られたくなかったら逃げるな』




屯所に来た頃、幾度となく聞いた言葉。



「それも、いいかもしれませんね」




私は頭を上げ、原田さんを見上げた。




「っ!」



それだけですべて悟ったように原田さんは驚きの表情をする。




「それが…狙いか」



「どうでしょう」



ここで斬られるならそれでいいのかもしれない。



たとえここから出たとしても、風間さんたちから逃げることなんてできないのだから。




「それじゃ、どっちにしろお前は…!」




「私、誰にも死んで欲しくないんです。それに…私ひとりだったら風間さんたちから逃げ切れるかも」




そんなわけないことは自分が一番わかっている。




「認めねぇ。俺は…」



「どうするんですか?私を縛ってでもここに置いておきますか?」



「そうだな…」




原田さんはとても悲しい顔をして私を部屋に押し戻した。



「私、殺されるなら原田さんにがいいです」



そういった私の肩を強く掴まれる。




「そんな役、指名されてもうれしかねぇんだよ」



今にも泣きそうな声で呟かれる。


そんな原田さんを見ていると申し訳なさが募る。



ごめんなさい。



そう言おうとした直後、その言葉は原田さんによって遮られる。




「すまねぇ」



「え…?」




「ここまでお前を追い詰めちまったのは、俺たちの責任だ。お前は本来普通の女として生きて行く存在だった。ここに来なければ、鬼から目をつけられることもなく、平和に暮らしてたかもしれねぇ。お前の未来を潰しちまったのは…俺らだ」





「そんな!違います!」




「違わねぇんだ…すまない」




そのまま彼は私を抱きしめる。



「っ!」



その瞬間私の内側から溢れる涙。



今まで堪えていたものが堰を切ったように溢れる。




その間も彼はひたすら私を抱きしめ、謝っていた。





「おい。千鶴。起きろ」



ふと身体を揺すられて私は覚醒する。




目の前には原田さん。




「原田…さん…?」




私は昨日の夜のことを思い出す。


「私…あのまま…?」




「あぁ。相当疲れてたんだな。身支度はできるか?取り敢えず髪、結い直せ」



私はそのまま寝てしまったせいで乱れた髪の毛を整える。




そして身支度も整え、外に出ていた原田さんに声をかける。




「あぁ。今から土方さんのとこに行く。…ついて来てもらえるか」




予想していた通りだ。



私は、殺されてしまうのだろうか。



ぼんやりそんなことを考えて彼についていく。



着いたのは土方さんの部屋だった。





「失礼するぜ」



原田さんの後に続いて部屋に入る。




「どうした、こんな早く2人して」



私たちの様子に真剣な話なのを見てとった土方さんは座り直し向かい合う。


私も原田さんの斜め後ろに座った。



「昨日の晩…」



その後、原田さんは昨晩のことを話した。



なにもかも、包み隠さず。




その間も、土方さんはただ目を瞑って黙っていた。



そして一通り話が終わった後、原田さんは土方さんに問う。



「なぁ、土方さんはこいつを斬るか?」



「…」




土方さんは黙って目を瞑ったまま。




「千鶴は、斬られてもいいって言ったんだ。自分が今!殺されれば、俺たちが鬼に襲われることはなくなるって!そんな女を、斬れるか?」




土方さんはなおも黙ったまま。




「なぁ、俺らにはこいつを縛る権利なんてなくねぇか?」




「そうだな」




そこでようやく土方さんは口を開く。




「だが、ここを出たからと言ってどうなる?鬼の奴らに捕まるだけだ。近藤さんや総司と一緒に大阪城に行ったとしてもあそこに鬼を追い返せる奴はいねぇ」




その言葉から土方さんが私の処遇についてしっかり考えてくれていることがわかる。




「そこで、だ」



途端に原田さんが眼光を鋭くする。




「俺はこいつと離隊する」




「え!?」



驚いて声を上げたのは私。



「そんな!ダメです!」



「お前は黙ってろ」



土方さんに鋭い眼差しを向けられ思わず身がすくむ。




「そりゃねぇだろ。これは千鶴の話だ。千鶴が話せねぇなんてちげぇだろ」



すかさず原田さんの身体が私の前に割り込む。




「こいつと、誰にも見つかんねぇとこで隠居する」




「新選組を、幕府を捨てるってことか?」




真剣な眼差しにも原田さんがひるむことはない。




「なぁ、土方さん。俺は幕府のためとか忠義のためとかそんな志で戦ってるわけじゃねぇんだ。それは知ってるだろ?」



さらに原田さんは続ける。




「本来戦うのは大事なもんを守るためだ。俺の槍は、女子供を守るためにある。忠義のため、仲間のために戦うことが悪いことだとは言わねぇよ、ただ俺は惚れた女を守れないような武士にはなりたくねぇ。それなら武士になんかならねぇ」




「原田さん…!」




惚れた女。


その言葉が頭の中で反芻する。




「なぁ、千鶴。俺と一緒に安全な所で過ごそう。お前は幸せになっていい存在だ」




これにうなづけば私たちは斬られてしまうのだろうか。


それとも幸せに暮らせるのだろうか。



大好きな原田さんと。




「お前の答えを聞かせてほしい。もし、お前も俺が好きだってんなら、俺が必ず叶えてやる全部」



私は溢れる涙を止めることができなかった。



「私は…!私は原田さんが好きです!誰にも、原田さんにも、傷ついてもらいたくないです!」




今まで黙っていた土方さんが静かに呟く。




「離隊は認められねぇ」



「なんでだよ」



「今の状況で原田に抜けられても士気も下がるし隊務にも支障が出る」




「土方さん!!」




「だが!」


こんどこそ土方さんは私たちを見つめて言う。



「更なる鬼の襲撃で雪村は連れ出され、応戦した原田は戦死。雪村は命からがら鬼の手から逃れたが行方知れず」



「土方さん…」


私の声に土方さんは柔らかく笑う。



「早く支度しろ。みつからねぇように出てけよ。ったく、最後まで世話の焼ける奴らだ」




「ありがとな。それからすまねぇ」




「馬鹿が。自分のやってることが間違ってねぇと思うなら謝るんじゃねぇ」




「そうだったな」




原田さんと土方さんはニッと笑みを浮かべあってそしてそのまま言葉を交わすことはなかった。



私たちはそのままの姿で屯所を後にする。



それから、この地で私たちのすがたを目にした者はいないだろう。









「左之助さん、おかえりなさい」



「おお、ただいま。どうした?そんな嬉しそうな顔して」




「今日はいいお酒を頂いたんです。いかがですか?」




「一杯頼む」




私たちは日の本から海を挟んだこの地、満州で暮らしている。



質素だけれど、平和な、幸せな毎日。


それは、まさしく私たちが求めていた形だった。


Fin




なんか言い分がブレッブレですね。ごめんなさい。

これは本編で主人公が脱走した時よりも前の設定でやってます。

危ない戦いそのものから千鶴を守る原田さん。

もし、原田さんのルートにもっと鬼が悪い方向で関わっていたらこうなることもあるかもしれない…?ですよね?

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