book
□not equal
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「あ!梨衣香ちゃん!」
「うわ!仁志君!?」
お仕事を一通り終えて、一旦看守室に戻ろうと思ったら看守室の扉の前を行ったり来たりしている梨衣香ちゃんがいた。
「こんにちは、梨衣香ちゃん。4舎に来るの、久しぶりだね」
「え?そ、そうかな」
あはは、と笑う梨衣香ちゃんの表情にちょっと違和感。
「それで、今日はどうしたの?」
そう聞くと途端に表情を曇らせる。
「…どうしたの?」
「ん、とね…今日は四桜主任がうちに頼まれた資料を届けに来たんだけど…」
ああ、そうだ。
そういえば梨衣香ちゃんは四桜主任が好きなんだっけ。
梨衣香ちゃんと初めて会ったのは梨衣香ちゃんが道に迷って4舎に迷い込んで来た時だった。
別に彼女が方向音痴なわけでは無いと思う。けど当時は就任したばかりで刑務所の構造をそもそも理解出来て無かったのかはたまた一緒にいた人とはぐれたのか、とにかく梨衣香ちゃんは一人で途方に暮れていた。
それを見つけた僕と主任は5舎まで連れて行ってあげた…と言っても隣だけどね
それから僕と話すようになって、よく4舎に来るようになった。主任ともたまに休憩室や廊下で話してるのを見かけた。
それがぱったりと無くなったのは多分、
彼女が彼女の「好き」を自覚して、同時に主任の「好き」に気づいたから。
「主任なら中にいると思うよ」
「ん…それは、分かってる…けど、」
外套の中でぎゅっと抱き締めていた資料をこちらに差し出すと、
「ごめん、これ四桜主任に渡しておいてくれる?」
「それは構わないけど、でも少しぐらい会って来たら?」
「ううん。他にも仕事あるし。じゃあ、またね」
「でも…」
「いいの。…仁志君、気遣ってくれてありがとう。でも、四桜主任は、百子ねえが、看守長が好きだから…」
だから、私が付け入る隙なんて無いの。
そう言って自嘲めいた笑みを浮かべて、資料を僕に押し付けて行ってしまった。
…違うよ、梨衣香ちゃん。確かに主任は看守長が好きだけど、「憧れ」と「恋情」は違うんだよ?
僕は、看守室に駆け込んだ。
扉を開けて入ると案の定主任が自身の仕事を淡々とこなしていた。入ってきた僕に気づいて顔を上げる。
「主任、お疲れ様です」
「…ああ、ご苦労」
そのままてくてくと主任の前に。
「…どうした」
「これ、主任が5舎に頼まれた資料だそうですよ」
僕が差し出した資料を首を傾げながら受け取ると、
「…猿の奴が届けに来たのか?」
「いいえ、
梨衣香ちゃんです」
ぴくり、と僅かに眉が動いた。
「市ノ瀬が?」
「ええ。さっき別れたばかりですし、まだ近くに居ると思いますよ」
「…そうか」
主任がスッと立ち上がった。
「…双六」
「はい?」
「お前に聞くのも可笑しな話だとは思うが…私はどうすべきなんだ?」
多分主任は、梨衣香ちゃんが急に来なくなった理由を分かって無い。ひょっとしたら自分のせいだと思ってるかも知れない。
お互いに好き合っているのに、な…
「簡単ですよ」
「……」
「主任の気持ちを伝えて、梨衣香ちゃんの気持ちを聞けばいいんです。難しく考えなくても、大丈夫ですから」
そうか、と呟いた主任は、マントを翻しながら看守室を飛び出した。
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