君の知らない物語

□君の知らない物語
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実家からこっちへ戻ってこないか、と提案されたのは去年の冬のこと。

東京の芸術大学で油絵をはじめとする絵画を学んだ私は、生意気にも筆で生計を立てようとしていた。在学中に色々な美術展に参加したところ、案外多くのファンができ、しばしば評論家からも良くも悪くも「評価される」存在になった。それが私の自信であった。卒業後、カフェのアルバイトを主な収入源に個展を開くと、思った以上に盛況で、画家になるという私の夢は現実味を帯びてきた。

「篠山さんの絵は、なんだか風景をそのまま持ち込んだ様で、家に海を掛けてる気分になるんだよ」
とある老夫婦の旦那さんに言われた言葉が、何よりも嬉しかった。

とは言え、東京の家賃はやはり高く、去年の正月実家に戻った時に言われたのが先ほどのセリフである。母は随分と私の生活を心配していたらしい。卒業してから約1年。東京にいたほうが個展や出版社(私は雑誌の挿し絵なども生業としていた)との都合がよいのではと考えていたが、聞いてみたところ両者とも遠距離でも連絡は取れるし、画像はデータで送って貰えば問題無いとのことであった。

実家は北国の、それもかなりの田舎にあり、電車から2時間に一本のバスに乗り換えて、そこから徒歩15分といったところである。あたりは山か畑か森しか無い。写実的な絵を、特に自然を描く私にとって題材不足とは縁遠い場所だった。それにもう一つ。嬉しいことに私の家は近くの山に一つ別荘を持っていた。木でできたログハウス風のそれは、なだらかで小さな山の中腹にあり、十数分かけて登れば村を見下ろし、十数分かけて降ればのどかな村に着く。その道中には川や、崖や、木々があり、それぞれに生き物が暮らしていた。


私は春から実家の別荘で絵を描き、それがたまれば東京で個展を開き、また実家に戻り……を繰り返すことにした。
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