君の知らない物語

□フルドライブ
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無我夢中だったのか。
はぁはぁと切れる息が、煩わしい。わずかな暇すら惜しくて、後ろを振り向いていないので分からないが、だいぶ廃城から離れたところまで来たのではないだろうか。

折れた枝
踏み潰された草
遠くから響く悲鳴
強くなる焦げ臭いにおい
地面の凹凸

尖れ。私の感覚の全てよ、尖れ。
一刻も無駄にはできない。
蹴り上げて走れ。走れ。捉えろ。命の盛りを。
消えていく命の、全てを捉えてしまえ。

満月の下、やけに冴えた目で森を真っ直ぐに進む。獲物を狙う獣は、こんな気持ちで野山を駆けるのか。ぼんやりとそんなことを思う。3人が残した痕跡がありありと目に映る。速く。速く。1秒でも長く捉えるために、速く。


銃声。
信長さんだ。
近い。


段々と、人影が見えてきた。人数が増えている。あれは味方か、敵か。どうでもいい、命よ。うつくしさよ。



突如、視界がスローモーションになった気がした。



組み合っていた赤と鎧が、動き出す。赤が一歩踏み出す。鎧の剣が宙を舞う。



島津豊久が、首を飛ばす。



刀が振り切られたところで、視界は加速する。反して、私の足は歩みを止めた。人殺しだ。頭一つ分小さくなった体からは、見たことのない赤が吹き出している。あれが、私の、私たちの体を巡っている、生きている、証。きれいな、赤。エルフの悲鳴。恐怖と興奮と歓喜。ヒトしか行わない、殺すために殺すこと。何という力強さ。はじめてだ。これは。




もっと近くで見たい。




ふらふら、歩き出す。惚けている。そんなことは自覚している。
私が今まで見てこなかった本能。ヒトにしか備わらない本能。
閉じ込めたい。

ビリリ。

これが殺意だ。すぐに理解した。与一君は矢をこちらに向けて、その後綺麗な口をぽかんと開けた。

「よすが、殿……!!どうしてここに……!!」
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