君の知らない物語

□予襲復讐
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鞘で顔面を打ち抜く。
何度も、何度も。

私はその暴力をずっと見ていた。彼の、島津豊久の、腕を振り上げて頂点で一瞬止まる、その瞬間を描いていた。その表情に憎悪や優越はなかった。只々これはこうするものだ、という認識しかなかった。

彼は、一体どんな環境で生きてきたのか。

はたと、彼が暴力をやめる。馬乗りをやめて立ち上がる。もう少し彼の生き生きとした姿を見たかったけど、あらかたは描き終えたし、頭にありありと浮かべられるから問題ない。ところで、あのリーダーの様な人は大丈夫だろうか。随分と顔が歪んでしまったようだが。


「ふぅ」
豊久さんが一息つく。
殴られていた人が何か呻く。あぁ、半殺しか。痛そうだなぁ。村のエルフたちは呆気にとられて、もしくは恐れを含んだ目で、豊久さんを見つめてる。村中にエルフの、人の、死体が転がっている。最初は血生臭いと思ったが、もう鼻が慣れた。


ちらりと彼が横たわるエルフの子供を見やる。まわりの様子と血の量からして助からないだろう。
つかつか、豊久さんはエルフたちの間を進む。恐れからか、所々から悲鳴があがる。そして、ある1人の初老のエルフの前に立つ。抜いた脇差を差し出す。

「殺れ」
呆然としているエルフ。
豊久さんは先ほどまで殴っていた、血まみれの鎧の男を指す。
「殺るんだ」
首を横にふる。そんなことはできないと。言葉は通ぜずとも、意味は伝わるらしい。



「駄目だ。殺るのだ、殺るのだ。殺らねばならぬのだ」

そう言うと、子供の亡骸のところまで進む。

「ここがどこでおまえらが誰であろうと、仇はお前らが打たねばならぬ」

固まるエルフたち。

「この子が応報せよと言っている!!」

空気が変わった。死や、支配への恐れが遠のいていく。エルフたちの目が、ゆらゆら揺れる覚悟に満ちてゆく。
「あやつめ…」
信長さんが至極楽しそうな顔で言う。


先ほどの初老のエルフが、震えながら刀を構える。それが合図だとも言うように、エルフたちは落ちていた兵士たちの剣を次々と拾っていく。剣のないものは、鍬や鋤などの農具を手に取る。

《やめろきさまら….やめろぉ!》

大将が喚いている。命乞いでもしているのだろう。しかし振り上げられた怒りは止まらない。鈍い音が上がり、しばらく続く。最初聞こえていた悲鳴も、すぐに聞こえなくなった。

「よし、下りるぞ」
信長さんが言う。
「まったく、破茶滅茶な人ですね」
「与一君!いつから…」
与一君は少し呆れ顔になった。
「よすがも正気ではないですからねぇ」



「イヨーッ、オツー」
信長さんの気の抜けた挨拶に、豊久さんはむっとする。
「あんたら何やってた。こちとら病み上がりだぞ」
病み上がりって、あんなに生き生きしてたじゃないか。今更感のある言葉に苦笑する。
「まーいろいろとにゃー」
「いろいろと」
したり顔で返す2人。
「よすがは?怪我は無(ね)ようだが」
「あー、えぇ、特に何も」
ジト目でこちらを見てくる。きっと非戦闘員である私が戦いの場に出ていることが嫌なんだろう。


「まーまーそれよりもつかれたろ。すわるがよい」
信長さんはそう言って、木箱を椅子代わりに勧める。
「俺が座ろうと思ったのだが、おまえを座らせてやろうぞ」
状況が飲み込めず、豊久さんは疑念に満ちた目で信長さんを伺っている。でもそれってつまり…。

豊久さんが木箱に向かう。それについていく2人。通り過ぎざま、信長さんに耳打ちされる。
「おいよすが、おまえも来い」
「ぇ」
「1人あぶれてたら違和感ありありじゃろ?後ろの方で良いから無い胸張っとけ」
「なッ!」
無い胸とはなんだ、人並みだよこちとら!あなたの基準はどうなってるんだ!きっと服のせいだ……アルファベットで言えば3、4番目なんだから……きっと服のせいだ……。


木箱に、豊久さんが座る。2人がその後ろに立ち、私は申し訳程度で信長さんの後ろに立った。この人の後ろなら、わたしの存在感が薄れるかもしれない。そんな思いとは逆に、精一杯自信に満ち溢れた表情を、悟られまいと作っていた。
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