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□刺青
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それは彼が得意とする揶揄などではなく、彼の代名詞ともいえる冗談の類などでもなく、どこまでも素直で真っ直ぐな口振りだった。

「本当に、綺麗な髪だね」

斎藤の右肩のほうから、するすると髪に手櫛を通しながら沖田が呟いた。斎藤の髪は沖田よりずっと長く、だから手入れの仕方も扱い方も斎藤は自分のほうが慣れていると思っていたのだけれど、沖田の手はなんだか懐かしさを帯びていて、それこそ何度も触れてきたみたいに、紫色の髪を優しく梳いていく。

「ずっと触っていたいな・・・まるで絹みたいだ」

沖田は斎藤の髪を右端に寄せると、持っていた髪紐でそれをまとめていった。時折、沖田の指が首すじをかすめ、ぴくり、と思わず身体が反応してしまう。慌てて下唇を噛むけれど、沖田はそんなの見えていないという風に、くるくると髪を結っていた。自分だけ意識しているようで、なんだか悔しい。

「・・・よし、できあがり」

そう言って、沖田が斎藤の肩にとん、と手を置いた。くるりと身体を傾けて、背後から斎藤の顔を覗き込んでくる。その距離があまりに近くて、そしてその笑顔がなんだか儚げに思えて、だから多分、ぱちりぱちりとまばたいてしまったのだと思う。沖田はそれを了承の合図と判断したのか、更に笑みを深くして、そっと首を右にひねった。そのまま、ふわり、とふたりの唇が重なる。

「・・・総司」
「ん、なあに。今の口づけになにか不満でも?」
「何故、俺の髪を結わえようとする」

恥ずかしさと居た堪れなさで、そんな言葉が出てきた。沖田は不思議そうに斎藤を見つめ、それから、なにか考え込むようにふっと目線を外す。そっと目を細め、言葉を探すように何度か口を開き、やがて沖田は思いついたように「あ」と口にした。

「?」
「一匹の狼を縛りつけておくため、かな」
「・・・?」

沖田はにこりと笑って「じゃあ、またね」と、そそくさと部屋を出て行ってしまった。斎藤はひとりぽつんと残されたまま、おもむろに、今しがた沖田が結わえてくれた髪をそっと触る。自分で結うよりも少しだけ、高い位置の紐が気になった。そのまま、毛先をすうと梳く。本当はそんなはずがないのに、しなやかに、指に吸いつく心地がしていけなかった。沖田の甘美な笑顔が、褒誉の言葉が、どんどん身体に絡みついて、剥がすことのできなくなっていくように。


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