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□メンタルヘルス
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「愛とは、なんなのだろうな」

そう呟いた斎藤の身体を、沖田は布団のなかでそっと抱きこんだ。沖田の胸元にとん、と額が押し当てられ、先ほど沖田がほどいた紫の髪が、はらりはらりと床に落ちていく。就寝にはまだ幾分も早い時間であるのに、斎藤の声はひどく伸びやかに辺りを流れ、たゆたい、ゆっくりと沖田の耳に届いた。

寝巻から出た爪先をそっと斎藤の足に絡めると、斎藤はくすぐったそうにもぞもぞと動き、沖田の腕のなかですっと丸くなる。こんなふうに誰かの胸元に小さく収まってしまうのを、然らば斎藤はなんと呼んでいるのだろう。その先に存在する行為にも、控えめに喩えたって耽溺しているのに、斎藤はそんなの知らないというような口調で、しれっとそんなことを言ってのける。

「はじめくんは、なんだと思ってるの?」

沖田の腕のなかで、ほんの僅か、ぴくりと小さく肩が動いた。普段ならそんなことは綺麗に粧し込んでしまう彼だけれど、こんなに寄り添っていたのでは、隠せたはずのものも隠せない。

「わからない」
「そう」
「・・・ただ、」

斎藤が言葉を切った。そこに続く言葉が気になり、抱きしめていた腕を緩めると、沖田の胸元から斎藤の身体がふと離れる。顔にかかった髪を指で除けてやると、深い色を湛えた斎藤の目が、ほんの一瞬、ゆらりと揺れた。季節の移ろいのように濡れていくそれが、ひっそりと沖田を見つめる。

「精神を安定させるのが愛だというなら、俺はまだそれを知らないのだろう」

そんなことを、そんなふうに、斎藤は口にした。同じ布団で包まって、寝惚けた声を許して、その身体を差し出した、沖田の腕のなかで。悲しいことだ、と沖田は思った。それはまるで、割れた湯呑みに茶を流し入れるような、からっぽで空虚な思いだ。満たされたくて、満たしてほしくて、けれどどうにも満たされないものだから、そうやって自分が切り崩れていく。どんなに肌を重ねても、熱を分け合っても、結局はその場しのぎでしかなかった行為を、ふたりはきっともう愛などと呼べやしない。

すうすうと寝息を立てる斎藤のまぶたから、じんわりと涙があふれた。つう、と顔をなぞり、静かに布団へ落ちていく。決して満杯になどならない壊れたその器から、雫が漏れだしていくように。


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