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□桜
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「どうして僕の目ばかり見ているの?」

まだ肌寒い気温を乗せた風が、部屋のなかをさらりと吹いて回った。ふすまは開け放たれ、療養中である沖田の身体はふるりと震える。決して優しくはない温度だったけれど、一日中閉め切っていては、それこそ具合が悪いほうへと向かっていく気がしてならない。ひんやりとした空気を吸い込んで、沖田は小さくため息をついた。

沖田の目を見つめたまま動こうとしない斎藤に、再度同じ質問を繰り返す。長い前髪の隙間から覗く鋭い目が更に細められ、けれどどこか儚い印象を受けるような、複雑な色をその瞳に宿していた。

「そこに桜の木があるだろう」

斎藤は沖田の質問には答えず、ぽつりとそう言った。沖田は上半身をひねり、外の景色を見る。庭には一本の桜の木があった。大きくて、立派で、部屋のなかから全体を見やれないくらいだけれど、その佇まいはどこか切なげで、沖田はなんだか同情にも似た気持ちを抱いてしまう。目を背けるようにそっと視線を戻すと、沖田はこくりと小さくうなずく。

「うん、あるね」
「満開を迎えてから随分と時間が経っている」
「そうだね」
「そろそろ見頃も終わるのだろう」
「そうだね」

沖田の目を覗き込むように、斎藤は首をひねり、まぶたを見開いた。

「いまそれに目をやれば、きっと俺は涙をこぼしてしまう」

春のやわらかい風が、沖田と斎藤のあいだを吹き抜けていった。枝葉をかさかさと擦る音が、沖田の背後から聞こえてくる。こんなに綺麗に髪を揺らすのに、優しく頬を撫でるのに、なぜこんなにも残酷な景色を作り出すのだろう。濡れた青い目に映り込む、はらりはらりと舞い散る桜が、どうしようもなく美しいと思った。まるで真夜中に狂い咲いてしまったように、その花びらは斎藤の瞳のなかで荒ぶのに。


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