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□禁足の枷
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彼のその、無骨で男らしい手が、腰紐を解いた着物の首もとから入ってきた。
女の子なら、きっとこの辺りに柔らかな手触りがあるのだろうというところ、そこにはただ僕の薄っぺらい胸板があっただけなのだけれど、土方さんはひどく滑らかな手つきで、まるで舌を這わすように、優しくしっとりと触れてくる。
「あの、土方さん」
僕は僕の背後から覆い被さって、先程からずっと黙っている彼に声をかけた。そのあいだもずっと彼は僕の胸を弄って、時折、肩や鎖骨のほうに手を進めては、出っ張った骨や筋肉を丁寧に指でなぞってくる。
土方さんに比べたらまだまだ成長途中の身であるし、彼もそれを承知の上で触るのだろうけれど、それでも貧弱な身体だということを知られてしまうのが怖くて、僕は着物のなかに忍ぶ彼の手に、自分の華奢な手を重ねた。
「ん?どうした総司」
「あの、やっぱり、やめませんか」
僕が畳に視線を落としたまま言うと、土方さんは一瞬なにか考えるような間を置いてから、僕の肩にふわりと顎を乗せた。
嗅ぎ馴染みのない、軽やかな椿油の匂いが僕の鼻をくすぐる。
土方さんは僕の言葉に返事をせず、着物の中に右手を入れたまま僕の肩を抱きしめた。彼が顔を寄せると、艶のある美しい黒髪が、そっと僕の頬をかすめていく。
下ろした髪で隠れているはずの左耳に熱っぽい息がかかり、僕は彼が苦笑したのだと気づいた。
「なんだよ。教えてほしいって言ったのは、総司のほうじゃねえか」
「それは、そうですけど……」
いつも聞いているはずなのに、なんなら口うるさいと思ってしまうくらいなのに、こうして耳元で囁かれると心臓が跳ね上がってしまうのは、一体どうしてなのだろう。
彼は本当に僕の知っている彼なのか、全くの別人ではないのかと、つい疑問を抱いてしまう。
近藤さんにも、兄弟子さんたちにも、こんな感覚を抱いたことはない。
息を吹きかけられた耳は火照っているのに、背筋はぞわぞわとして落ち着かなくて、彼から逃げ出したいけれど、彼の好きにされてしまいたいような、そんな、初めて抱く気持ちだった。
「すみません。やっぱり近藤さんに教えてもらうことにします。なんだか、落ち着かなくて、」
「……近藤さんは教えてくれないと思うぜ」
「どうしてですか?」
「あの人は、総司に正しいことしか教えねえからな」
耳をかすめる低い声音が、身体の奥まで流れ込み、僕のお腹の下のほうでゆらりと熱をもった。
熱い。火がじりじりとくすぶるような、変な感じだ。
その感覚に僕が不安になっていると、ちょうどそのあたりを彼の大きな手がするりと撫でたので、僕は思わず「はっ」と情けない声を出してしまう。あまり人に触られてはいけない、自分でもよくわかっていない場所だったから、なんだか不思議な感じがした。
「正しいこと……?」
正しい行為があるということは、正しくない行為もあるということだろうか。あるとすれば、それはどんな行為なのだろう。
足の付け根をするするとなぞる彼の温い手が、僕の思考を阻む。
「正しいことは近藤さんに教われ」
「……え?」
「だから、悪いことは、俺が教えてやる」
土方さんはそう言って、ねっとりとさすっていた下腹部の、もっと下へと手を伸ばした。そこは自分で思っていたよりも敏感で硬くなっていて、僕はまたしても声を洩らしてしまう。
囁くでも、苦笑でもない、荒れた呼吸が僕の耳を乱暴に撫ぜた。
ああ、あんなにつらっとした人でも、こんなふうに乱れたりするんだ。こんなに綺麗な香りをまといながら、彼は僕に悪いことをしてしまうのだ。
そのことに僕はどうしようもなくどきどきしてしまって、彼の艶かしい手つきに身体を委ねるのだった。