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□頬が落ちるほど美味しいそれは
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お待たせ、と、平助がりんご飴を持ってこちらに走ってくるのを、俺はぼんやりと眺めていた。
平助は、あまり体格がいいほうではない。むしろ小柄なくらいだろう。背も俺よりは低いし、抱きしめれば、両腕にすっきりと収まってしまう。
その体格差が剣道の試合において不利になると考えているのだろうか、彼は誰よりも身体を鍛えていた。だから二の腕や背中は筋肉でごつごつとしていて、華奢というわけでもない。
脱いだらすごい、なんていう言葉があるらしいが、平助はまさにその言葉の通りだった。普段、制服や道着で隠れているが、今日のような薄着になるとそれがよくわかる。
「平助。その、りんご飴とやらは美味いものなのか」
「はじめくんも食う?」
「……いや、遠慮しておく。甘いものは苦手だ」
「そっか」
平助はふわりと笑って、半袖のTシャツから伸びた手を、そっと俺の指に絡めてきた。
汗で濡れた手のひら同士がべたべたと触れ合って、少し不快に思っていると、平助がその大きな目を更に見開いて「はじめくんも汗かくんだ」と、なんだかのんきなことを言う。
太陽が落ちてから随分経つのに、この時期は気温が下がらなくて困る。暑さを感じにくい体質ではあるが、それでも暑いときは暑いし、汗だってかくのだ。
なにか冷たくてさっぱりしたものでも買うか、と俺が辺りの露店を見回していると、となりを歩いていた平助がはたと立ち止まった。
「どうした、平助」
「……甘くて食いきれない」
「それはりんご飴なのだろう。飴は甘いものだ」
「そうだけど……こんなに甘かったっけ」
食うのは子供のとき以来だもんなあ、などとぶつぶつ呟きながら、平助は舌をべえっと突き出した。
その舌が真っ赤に染まっていて、俺は一瞬ぎょっとするが、すぐにその飴のせいだと気づく。
頭からかぶりついてしまえばいいのに、予想以上の甘さだったのか、平助はちろちろと舌を出しながらりんご飴と奮闘していた。
その姿を見ているうちに、俺はなんだかあらぬ想像をしてしまい、慌てて彼から目を背ける。
「?……はじめくん、どうしたんだよ」
平助が、繋いでいた手ごと俺をぐいっと引っ張る。べたべたと肌が張りついて、きっと俺よりも太いのではないかというくらい引き締まった二の腕が、俺に密着してきた。
触れ合った部分が、じんわりと熱を帯び、そして身体中に広がっていく。
全部夏のせいならよかったのに、と俺は思う。
こうして頬が火照るのも、耳が熱くなるのも、すべては俺のとなりで無邪気に祭りを楽しむ、俺の恋人のせいなのだ。
「平助、」
俺が名を呼びかけると、彼は真っ赤な舌を再びべえっと舌を出して、子供のようにこにこと笑う。
「はじめくんも、食べてよ」
そう言って、平助はりんご飴を差し出した。
その手首を掴まえて、俺は彼を正面から引き寄せる。
「え、え、?」と戸惑うその口を口で塞ぎ、ばたばたと暴れる平助を、両腕でぎゅっと閉じ込めた。
小柄なのに抱き心地があって、キスを嫌がっているくせに、舌先で誘えばおずおずと唇を開く平助が、今日は特別愛しく思えてしまう。
汗の匂いと、甘くてくどい味が混ざり合い、頭がくらくらした。
やはり俺は甘いものは苦手、暑いのも、汗をかくのも苦手だ。だから冷たくてさっぱりしたものが食べたかったはずなのに、俺は一体、なにをやっているのだろう。