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□二燭光
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※いつもに増して捏造多めです…。










 総司の口から直接聞いたわけでもない。けれど皆、彼の胸に巣食う病の正体を知っている。
 総司の寿命はきっと短いこと。ほんの少し風が吹いただけで簡単に掻き消えてしまうような、か細い命なのだということ。
 頭ではわかっていても、オレはどうしてもそれを受けとめることができないでいた。
 総司の病気のことを考えれば考えるほど、その事実は確かなかたちをもってオレに襲いかかってくるようで、だからこれ以上考えなくて済むようにと、オレは彼をずっと避け続けていた。



「珍しいね、平助が僕のところへ来るなんて。昼間起きていて大丈夫なの?」

 布団から上半身を起こし、オレが淹れた熱い茶に口をつけながら、総司はオレの突然の来訪を素直に喜んでくれた。部屋のなかは綺麗に保たれており、おそらく松本先生の配慮だろう、掃除が行き届いていて埃ひとつも見当たらない。

「え?ああ、変な時間に目覚めちまってなかなか寝つけなかったからさ。最近おまえの様子見に来れてなかったし」

 総司のことを考え出すと寝つけないからいっそ会いに来ました、なんて、そんな恥ずかしい理由をそのまま口に出せるはずもなく、しかもなんだか言い訳じみた口調になってしまい、自分の要領の悪さが心底嫌になる。
 そんなオレの挙動不審な様子など気にしたふうもなく、総司はぼんやりと茶をすすっていた。彼の首筋にはうっすらと汗が滲んでいて、それが淹れたての茶を飲んだせいならよかったのにと、オレは思う。
 滅多に外に出ないせいか、すっかり白くなった彼の肌は顔だけが妙に火照り、はっきり言って異様な有り様だった。以前より病状が悪化しているようにも見て取れ、オレはやはり来るべきではなかったと、たった数分間の滞在で総司に会いに来たことを後悔しはじめる。

「やっぱ、あんまり具合良くねえんだろ。オレ帰るよ」
「咳も治まってるしべつに悪くはないけど」
「……熱、あるんじゃねえの」
「まあね。でも微熱だよ」
「微熱?」

 顔をそんなに真っ赤にして、微熱などということがあるだろうか。オレは総司のすっかり伸びた前髪を指で避けながら、彼の額に手のひらをあてた。

「熱っ!?おまえ、これのどこが微熱だよ」
「僕の基準では微熱なんだけどなぁ」

 子ども体温などと散々馬鹿にされてきたオレの手で触れても、総司の体温は異常に高かった。「冷たくて気持ちいいね」と総司からこぼれたその言葉がなによりの証拠だということに、彼自身はおそらく気づいていない。
 手のひらを離すと、そこにじんわりと汗が滲んでいるのに気づき、オレは枕元に畳んであった手ぬぐいで総司の額や首を拭ってやる。

「すげえ熱いって。なんか、燃えてるくらい熱い」
「そりゃまあ、命を燃やしてるからね」
「……嫌なこと言うなよ」

 命を燃やすという表現が妙にしっくりきてしまったことにぞっとして、オレは持っていた手ぬぐいを放り投げ、総司の顔に手のひらをくっつけた。
 命を燃やすような総司の熱。その炎がいつか消えてしまうような気がして、オレは何度も彼の体温を確かめる。

 総司はそんなオレの不可解な行動に驚いたのか、しばらくされるがままになっていたけれど、やがて堪えきれなくなったらしく、くすくすと笑い出す。

「ねえ、そんなにぺたぺた触られたらくすぐったいよ」
「いいだろべつに」
「……でもさ、平助だってそうでしょ」
「え、なにが?」

 なにが平助だってそうなのか、とオレが訊ねると、総司はふっと笑みを消し、寂しそうな表情を浮かべる。

「平助も、命を削って生きてる。僕と同じだ」

 そう言って、総司は火照った手でオレの顔に触れた。そこにいることを確かめるかのように、彼の大きな手のひらが、寿命を縮めながら生きる羅刹となったオレの頬を撫でていく。

「君がいなくなる前に、僕は死にたいよ」

 燃えるような体温をふたりで分け合いながら、ああ、本当に病気なんだなと、肺が潰れそうなほど咳き込みはじめた総司の背をさすりながら、思う。
 認めたくなかった。だって認めてしまえば、オレは生きるのが怖くなってしまうから。
 総司が死病に負ける日を恐れ、羅刹になってまで成し遂げたかったすべてを手放して、きっとオレは彼より先に命を投げ出してしまうと思うから。

「総司、」
「……ん?」

 オレだって、おまえより先に死にたいよ。

「どうしたの、平助?」

 思わずこぼれそうになる言葉を、やっとのことで飲み込む。激しく咳き込んだせいで目に涙を浮かべた総司が、続く言葉を探るようにオレの目をじっと見据えてきた。

「簡単に死にたいとか言うなよ。オレはまだまだ燃え尽きる気はねえんだし。だから、もっと長く生きろよ」

 オレがその若草色の瞳を見つめ返すと、総司はほっとしたように、やわらかな笑みを見せる。

 触れた頬はひどく熱っぽく、けれど確かに総司が生きている証のようにも感じた。この炎がいつか消えてしまう日を、オレは見届けなくちゃいけない。
 それが今日でも、何日後でも、何年先でも。
 大事なひとが生きていくために、なにがなんでも生き延びてやると、オレはそう心に誓ったのだった。


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