ハイキュー 短編

□君の手のひらに恋をした
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綺麗な手のひらから放たれる、精密かつ完璧なトス。

おれはそれを必ず大切に打つようにしている。

まぁ、自分に託されたボールを邪険に扱うスパイカーなんてそうそういないと思うけど。

『ここはお前に任せた』

本人は絶対に言わないのだろうけど、そう言われているみたいで凄く嬉しいのだ。

大好きな君のトス、大好きな君の手のひら。


おれは、影山に恋をしている。




「っしゃぁっ!おれいっちばーん」

朝練を終え、着替えを大急ぎですませたおれは、真っ先に部室を飛び出した。

だってこうやって競っているようにしていれば、ホラ。

「日向ボゲゴラアアァァ!!」

そうして影山が追いかけてくるだろ。

そしたらもう一緒に校舎の中に向かうのは自然な流れなわけで。

だけどいっつも走ってばかりいるので、あっという間に到着してしまう。

それだとちょっとつまんないなと思ったおれは、いつもと違うことをしてみることにした。

影山、どんな反応するかな。

「うわっ!」ドタッ。

名付けて、走ってる途中で転んでみよう作戦!

うん、カッコいい作戦名だ!





・・・。




・・・影山君、来ないんですけど。



あれれ〜、おかしいゾォ〜?

影山ー、影山くーん、カムバーック!

てか、これ完全に置いてけぼりの奴じゃない?

嘘?!

結構長い時間倒れていただけに立ち上がりにくいんだけど!!気持ち的に!

うわ〜どうしようめちゃくちゃ恥ずかしい・・・。

どのタイミングで起き上がろうか考えあぐねていたその時。

おれのはるか頭上で声がした。

「ちょっと、小さいの。邪魔なんだけど」

む、その常に人を小馬鹿にしたような声は!

月島、と名前を呼ぶ前に、おれは身長190センチ近いチームメイトにやすやすと体をもちあげられていた。

いうなれば、小さい子の喜ぶような高い高い。

つか、月島着替えんの遅くね?
という考えをおれはすぐに改めた。おれと影山が早すぎたんだ。

って、おい!

「おい、おろせよ月島!おれこどもじゃないんだぞ!」

「大きめの小学生が、何言ってんの?」

む、むかつく。

しかも地味に見晴らしいいし・・・。
あ。

「月島の普段みてる景色って、こんななんだ」

「え?」

「いや、視界が広くていいなと思って。お前がいつも落ち着いてんのって、景色見下ろしてる感あるからなのかなぁと」

「・・・そりゃあすぐ一つのモノに熱中して視界狭くなってる単細胞とは違うから」

「ひどいな!」

「下らないこと言ってないで転んだの平気ならさっさと教室いくよチビ」

心配してくれたんでしょうか。
今のすっげー早口だったんだけど。っつーかおれ転んだふりしたの無駄になったなぁ。

結局影山来なかったし。月島がおれをおろしてくれると同時に、ため息をついた。

どどどどどど。

「・・・何?地震?」

「さぁ、なんだろ?」

周りの人達がざわめきだしたので、おれは思わず顔をあげた。

ドドドドドドドドド。

どんどん近くなっていく地響きのような音。発生源はどこかと辺りをみわたせば、案外それは意外と早く見つかった。

「・・・影山??」

あんなに速く走ってる影山、初めて見た。

「月島ー、影山なんで走ってきてんの??」

「さぁね」

おれ知ってるぞ。さぁねって言ってる奴は大体答えを知ってるって!

「さっさと教え「日向ボゲゴラアアァァ!!」

影山到着。

はぁっ、はぁっ、はぁっ。

全速力で走った上、あんなデカい声で叫んだのだから、当然影山の呼吸はあらかった。

息も絶え絶えに、影山は口を開いた。

「お前・・・頭ッ、げほっ、だいじょぶかッ、ゴホッ」

「いやお前がそれ言うなよ」

「王様、一回呼吸整えなよ」

「るせっ・・・」

すぅぅぅぅぅ、はぁぁぁ。

やっといつも通りに近い呼吸を取り戻した影山は、おれの方に向き直ると、おれの肩をガッとつかみ吠えた。

「おい、怪我とかしてないか?!頭とか足とか、変な転び方してないか?!」

そして影山の手のひらが、ぺたぺたとおれの頭や頬をなでる。

「え、え、影山?」

「ビビったぞ、何か静かだったと思って後ろ振り向いたらお前いねーから」

もしかして、心配して来てくれたのか?

転んでたのか、とため息をつく影山の手は今や、おれの手を握っている。

か、影山の手が!

おれがいないこと心配して走って来てくれたり。

怪我したか心配してくれたり。

こうしておれの手を握ってくれたり。

朝から嬉しいことが起こりすぎて困る。

おれよりひとまわり大きい手のひらを眺めながら思う。

おれはやっぱり、影山が好きだ。

「影山」

「あ?」

「心配してくれてありがと」

「ッ、別に心配なんかしてねぇ!何か、その、驚いただけだ!」

「何にだよ!影山君は照れ屋ですな!」

「うるせぇ日向ボゲェ!」


ゔぉっほん!


背後から突然聞こえた咳払いに、俺たちは思わず肩を揺らした。

まずいぞ。

「さ、澤村さん・・・」

後ろを振り返ると、そこには部室の鍵しめをすませた澤村さんと菅原さんが立っていた。

「お前ら、俺たちより早く着替え終わったはずなのに、こんな所で何やってるんだ・・・?」

怒ると怖い主将の、怒気を含んだ声と言葉に、おれと影山は無意識に背筋をピンと伸ばした。

月島は、平然としたまんまだけど。

「全くお前らは。そんなんだから教頭にも目を・・・」

「まあまあ大地、お説教はまた今度でいいだろー?それに、朝から元気があるのはいいことだべ!」

「す、すがわらさぁん・・・」

横にいた菅原さんが、優しくフォローする。

かばってくれて嬉しいと思う反面、申し訳なく思った。

やはりここは謝るところだろうか。

こういうのはタイミングを合わせた方が、気持ちが伝わりやすいことをおれと影山は知っている。

・・・体育館入れてもらおうと必死だった時に知りました。

影山と互いに目配せしあう。月島とはそもそも目が合わなかった。まぁいいや。

せぇの、

「「すいませんでした!!」」

ワンテンポ遅れて、月島の「すいませでした」。
「わかればヨシ!」 とキャプテン。

うん、通じて良かった。

「んじゃ、いい加減教室いくべー!」

いつもよりかなり遅くなっちゃったな。まぁ、全然間に合うからいいんだけどさ。

「・・・ところでさー」

?何ですか、菅原さん。

「お前ら二人、何で手ェ繋いでんの・・・?」

・・・あ。

あああああああああ!!

ほんとだ!おれらさっきからずっと手繋いでた!

やばい、無意識って怖い!

恐る恐る、影山の顔を覗き込む。

影山の反応はおれに比べればおとなしいけど、顔がえらいことになっている。

そんなおれ達をみて、菅原さんのツッコミ。

「気づかなかったんかい!」

「やっぱ単細胞だねww」

「うるさいツッキー!」

「いやお前にツッキーとか言われたくないんだけど」

さらに言い返すしてやろうとおれが口を開いた瞬間、突然おれの手を包んでいた温度が消えた。

影山がおれの手を離したのだ。

そりゃ繋ぎっぱなしは困るけど、やっぱり寂しい。

そのまま何も言わず、影山はおれ達を少しぬかし、数歩前を歩く。

おれは目の前にある背中をじっと見つめた。

なぁ、影山。

おれ、お前が好きなんだけど。

おれの横を歩いてよ。

心配してくれたの、嬉しかったよ。

ねぇ。


いつの間にか、黙り込んでいたらしい。

月島がじっとおれの顔を覗き込んでいた。

「な、なんだよ」

月島は大きなため息をつくと、おれのほっぺたをつねりながら言った。

「日向、一つのモノに熱中しすぎるの、良くないよ」

「へ?」

「他にも目を向けろって話。例えば僕とか」

・・・ごめん月島、どういう意味?

その瞬間、黙って前を歩いていた影山がぐりんっ!とこっちを向いた。

「うわっ!なんだよ影山、ビビったじゃねぇか!」

だけど影山はそんなおれをスルーし、月島を睨みつける。

「てめぇ月島ボゲェ、俺の前でよくそんなこと言えんな・・・。次言ったら眼鏡かちわんぞ」

「えー、王様なにキレてんの?眉間に皺よって怖いんだけどー」

怖いと言いつつもちっとも怖そうじゃない、むしろ余裕の表情なんですけど、月島君。

っていうか、影山さっきの言葉よく分かったな!?おれいまだにわかんないんだけど!

おれと同じような脳みそなくせに。

二人のにらみ合いを見ている間に、もう一年生の階についてしまった。

そして、月島のクラスが見えてきた。

「じゃね、王様、日向」

「お、おう」

いつもチビとかばっか言われてるから、名前を呼ばれるのはなんだかくすぐったい。

おれ達は朝練終了後のようにまた二人になった。

いつもと違うのは、二人ゆっくり歩いていること。

でも、もうすぐ影山のクラスについてしまう。

おれは思わず足を止めた。

「なぁ影山」

「なんだよ」

「月島のさっきの言葉、あれどういう意味だったの?」

「え、お前気づいて、なかったのかよ?!」

「?うん」

なんだよ・・・と、あからさまにほっとしたような顔の影山を見て、ますますわけが分からなくなる。

「ねーどういう意味ー?教えろよー」

「しつけぇな、別にいいだろ」

「だって気になるんだもん」

ぶーと、おれは唇をとがらせた。教えてくれてもいいじゃんか。
「ねーねー」

「うるせぇ」

「気になるんだけどー」

「忘れろ!」

「何で教えてくんないのー」

「何でもだ!」

「かげや・・・」

「だぁぁぁぁああ!しょうがねぇな!」

影山はがりがりっと自身の頭をかきむしると、おれにぐいっと近付いた。




そしておれより長い腕を広げて――。





「うわっ!?」

おれをぎゅっと抱きしめた。

「俺がお前に思ってること、月島が先に言いやがっただけだっつの!」

意味が伝わってなくてよかった、という、心底ほっとしたようなつぶやきが降ってくる。


「好きだ、日向」


影山が、おれを抱きしめている。

影山の吐息が髪の毛にかかっている。

影山の心臓の音が聞こえる。

こんなにも、影山が近くにいる。

それだけでも本当に本当に嬉しいのに。

影山が、おれを好き?

ホームルームが始まっているんだろう、おれ達のまわりはとっくに人はいなくなっていた。

なんか、世界におれ達しかいないみたい。

そういうと、影山は顔をくしゃりとさせて笑った。

「おれも、影山好き」

「おう」


綺麗な手のひらから放たれる、精密かつ完璧なトス。

大好きな君のトス、大好きな君の手のひら。

おれは今まで、バレーボールを通してぐらいでしか、影山の手に触れることができなかった。

でも今はそうじゃない。違う触れ方が出来るようになったんだ。

例えば、キスする寸前影山がおれのほっぺに触れたりとか、ね。







終わり
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