ハイキュー 長編

□友達
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ワリィ!という彼の声と、パンッと合わせた手のひらの音で、俺は我にかえった。

やば、ぼーっとしてた。

「あ、うん」

適当に返事をして、改めて彼をよく見てみる。…うん、やっぱりにてる。

夢の中の、男の子に。

「おい」

「あ、はい」

って、もうじき大王様になる俺が「はい」って…。

ちょっとむかっときた。

ようし、ここはこの及川さんが、こいつをとことんびびらせてやろう。

夢の中の男の子とか関係なく、そう思った。

「ねぇお前、この大王及川さんに向かって、なんて口きいてくれてんの?」

こう、ああん?みたいな感じで。

「じゃあ、お前が及川なんだな」

あれ、そんなにビビッてないじゃん。
では、とどめの一言を。

「そーだよ。俺が近くの町や村をめちゃくちゃにしてやった大王様」

…本当にやったのはウシワカ野郎だけどね!?

「だから俺の城を勝手に徘徊するような…」

「ちげーだろ」

は?

ちがうって、なにが?

言っている意味が分からずキョトンとしてしまった俺に、彼は構わず続ける。

「町をめちゃくちゃにしたのはオメーじゃねーだろつってんだよ、クソ及川」


…何で、俺じゃないって知っている?


「何で…そう思ったの」

何で分かった、とは聞かなかった。

だって、カマかけてるかもしんないし。何なの、この人。

困惑している俺とは反対に、彼はさも当然のように言った。

「簡単じゃん。瞳の色だよ」

瞳?

「お前の瞳の色は、薄い茶色だろ。町でみた奴は、緑っぽかった」

なにそれ。

「そんな理由で、わざわざ大王様の城に乗り込んできたってわけ」

「おう」

なにそれ。

ちょっと得意気な彼の顔を見ていると、目の奥がじぃんとした。

なんだこれ。

ぱたぱたと、目から涙がこぼれてきた。

俺、最近泣いてばっかりだ。

でも、嬉しすぎて。

俺が悪いことしてないって信じてくれて。

そんなことでここまで来てくれて。

「おい、大丈夫か?」

心配して声をかけてくれる彼に、平気、と答えようする。

だけど、喉がつかえてできなかった。







初対面にして、隣にいる彼にいきなり泣き顔をさらしてしまった俺は今、恥ずかしさからうずくまっている。

はぁ…。

そろそろと顔をあげると、大あくびをした彼の横顔が目に入る。

人が泣いてる時に、あくびって…。

ジト目で彼を見続けていると、彼はようやく気づいて、「やっと泣き止んだかよ、クソ及川」とあきれたように言った。

「クソ及川って、やめてくんないかな!?」

「もう元気じゃねぇか」

思わず頬を膨らませて怒る俺に、彼はくしゃっと笑った。

何でそこで笑うかな。

でも、彼の笑顔を見ていたら、何だか懐かしい感じがしてきた。

やっぱり、夢の中の男の子に似てるからかな。

ぶっきらぼうな物言いとか、クソ及川って、呼び方とか。

それにこの人、俺の扱いに随分長けてるっぽい。

俺一度泣いたらいつまでもぐずぐずしちゃうのに、もう泣き止んでるし。

俺の瞳の色、なんでか知ってたし。

本当に、何者なんだろう、この人。

「んじゃ、俺もう帰るわ」

「え、もう帰っちゃうの?!」

「おう。もう用事はすんだことだし」

本当に、あれだけを俺に言うために来たんだ…。

やばい、嬉しい。

「ちょ、ちょっと待って!」

ここはお礼を言うべき所なんだろうか。

「あの」

「なんだよ」

「あ、ありがと」

ゴザイマス…と、後半は消え入るようになってしまった俺の感謝の言葉は、彼には届かなかったらしい。

「?なんつった?」

そんな言葉で返されて、俺はがっくりとうなだれた。

もーいーよ。

「言う事ないなら、俺もう帰んぞ」

あ!

「ごめん、あともう一個だけ!」

離さないようにと、彼の腕をがっちり掴む。

ごめんね、悪魔の爪は長いから、食い込んで痛いでしょう。

でも、ちょっとだけ我慢して。

さっきからずっと思ってたこと、聞いてもいいかな。

「変な奴って思わないで聞いてほしいんだけどさ」

「?」

「君はさ…俺の知り合い?」

その瞬間、彼が爆笑した。

だけどそれはどこか、かわいた笑い声な気がする。

え、え?何がおかしいの?わけわかんない。

あんまり笑いすぎて、彼の瞳からは涙があふれていた。

「そんな…真面目なっ、ハハ…顔で…、知り合い?って…くっくっく」

しかし、笑いの発作からの立ち直りは早いらしい。

あー、マジウケる、と彼がつぶやくころには、彼の笑いは止まっていた。

ただ、涙だけがあふれている。

これじゃあ本当に泣いてるみたいだ。

彼は涙を乱暴にぬぐうと、口をへの字結んで、さっきの俺の質問に答えた。

「知り合いじゃねぇよ」


… え、マジで。


ピシって体が固まった。

でも、それじゃあつじつまが合わない。

俺のこと、めちゃめちゃ知ってる感じだったのに。

「じゃあ、何で俺のこと色々知ってたのさ」

彼は一瞬考え込むように間をあけると、「噂で聞ーた」と、短く答えた。

何となく腑に落ちない所はあったけど、彼の表情を見たら問い詰めるなんてことはできなかった。

「マジで時間やべぇから、帰るぞ」

「あ、うん。引き留めちゃってごめん」

じゃあね、と手をふろうとして、あることに気づく。

まだ、名前を聞いてない。

「そういや、名前なんて言うの?」

その時、彼は本当に短い一瞬、酷く傷ついた顔をした。

すぐに普通の表情に戻ったため、気のせいだったんじゃないだろうかと錯覚してしまう位の一瞬。

「あの、答えたくなかったら別に…」

「岩泉一」

「え?」

「俺の名前だ」

なんだ悪いか、とでも言いたげな彼の顔をじぃっと見つめる。

岩泉一。

頭の中でそっとつぶやく。

初めて聞いた名前なのに、こころの中にすとんと落ちた。

何だかすっごく懐かしい。

「イワイズミ君、か」

…何か違和感!

イワイズミ君、イワイズミ君。

こころの中で復唱し続けても、違和感は払拭しきれない。いずい!

うがあああああぁぁぁぁってなってる俺をさして気にするでもなく、イワイズミ君はもにょもにょと口の中で何かつぶやいた。

「え、何?」

「い…ん…ないか…」

ごめん、全然聞こえない。

「イワイズミ君?」

うつむいている彼の顔をそっとのぞきこむ。

「なんて言ったの?」

「その…」

なんだろ、全然さっきまでの彼らしくない。

心なしか、顔も赤い気がするし。

すると意を決したように、イワイズミ君はようやく顔をあげた。

「い…岩ちゃんって、呼んでくれないか…?」

い わ ちゃ ん ?

「え、何で?」

「なんでも!」

よっぽど恥ずかしかったのだろう、彼の顔はもう真っ赤だった。

…可愛い。

って自分!今何考えた!

気のせい気のせい気のせいと、頭をぶんぶんふる。

「そんなに、呼ぶのいやか…」

「え?!ち、違うよ岩ちゃん!ちょっと別の事考えてて」

言ったあと、思わず自分の口をぺたぺた触った。

だって、驚くほど自然に「岩ちゃん」って。

それに、さっきまでの違和感は完全に払拭されていた。

今日初めて出会った彼のあだ名が、驚くほど舌にすんなりなじむ。

岩ちゃんは俺のことを知らないっていうけど、俺はどうしてもそんな気がしない。

岩ちゃん、記憶喪失なんじゃない?

「じゃあな、及川」

本日四回目の別れの言葉を口にした岩ちゃんは、塀を軽々と飛び越えて帰っていった。

その後ろ姿を眺めながら、俺は彼の名前をつぶやいた。

「岩ちゃん」

絶対になくしたくない、宝物のように。






続く

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