表の顔

□真
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
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あなたが恋しくて 仕事終わりにあなたの吸ってるタバコに火をつけた
私は吸わないから 灰皿にそのまま一本置いた

もくもくとゆっくり広がる煙は 鼻が痛かった

吸う人がいないからゆっくり いつもより遅い火の減り方
普通なら もう吸い終わってるよね って思って小さく笑った


ソファでタバコの火を見つめながら膝を抱えた
会いたいな
でも
きっと忙しいんだろうなぁ

連絡が無いってことは きっと忙しいんだ


ちりちり焼けるタバコは 悲しくなった

タバコの火を消して お風呂に入る

失敗した。寝る前につければよかったって
そしたら包まれた気持ちにはなるのにな
なんて思いながらお風呂に入る


無機質なシャワーの音は 冷たかった
髪の毛を洗うためにシャワーに頭を当てると 薄く香るタバコの匂い

目頭が熱くなった
でも ほんの数分でまた心は落ち込んだ


***


お風呂も終わってリビングに戻るために扉を開けると 部屋中に広がる匂いが 私をドキドキさせる

煙より優しい匂いは こっちの方が好きだなって
そんなことを考えながらクリームを塗る

寝る前につけなくて 良かったかもって
さっきの考えとは裏腹にそんなことを思う


なんだか此処にいたような感覚になり微笑んだ

『お体に気を付けてくださいね』

そうメールを打って布団に入る
精神安定剤は 幸せな夢を見せてくれた


***


吾朗さんが私に覆いかぶさって何かを叫んでいる
聞きたい だけど 口をぱくぱくさせているだけでなんて言っているのか聞き取れない

私の声も 聞こえない
なんて?そう言ってるはずなのに 何も聞こえない

なんだか 胸が重くて息しづらい

苦しくなって 目を開けた

当然吾朗さんが覆いかぶさってるわけでもない

なんだろうこの重さ
そう思い下を向くと 見慣れた腕が視界に入る

「え?」

伸びている腕を辿って右を見ると すやすやと吾朗さんが寝ている

あれ?

私起きたよね?なに?夢?
もしかしてこれが夢?さっきの続き?

え?と思いながら吾朗さんを揺さぶる
触れる感触はあるし むにゃむにゃと吾朗さんが口を動かしてる…

時計に目をやると それほど進んでもいない針

「ちょ …っと吾朗さん…起きて」

手を払われ余計抱きつく腕
こしょばい彼の寝息
さっきの微かなタバコの匂いより心を満たしてくれる彼の匂い

今は考えず 彼に抱かれて眠ろう


そしてまたうとうとして眠ろうとしたら


「今はちゃんと寝るんやで」

「…?」

上に顔を向けると 隻眼の瞳と目が合う
月夜に照らされ綺麗に輝いてる瞳は 濁りなんてなくてビー玉みたいに綺麗だった

「おかえり…」

彼の胸板に擦り寄った

「ただいまや」

うんうんと小さく頷きゆっくり瞬きする
革手袋をつけてない大きな手が私の頭を撫でてくれる

「会いたかった…」

すぐ、またすぐ帰ってしまうことは分かってた
だから 困らせたくて瞳を開けて服の裾を掴んだ

眠ると 居なくなるから

「ほら、寝んとあかんで。お肌のゴールデンタイムや」

「寝て3時間爆睡してたら大丈夫って専門家の人が言ってた…」

「ほうか」

彼の左腕を枕にしててその左手は私の頭を撫でる
反対の手はぽんぽんとゆっくり背を叩く

「…ずるい」

言葉の代わりに ちゅっと私のおでこに柔らかい唇があたった

寝たくない 寝たくないのに
仕事で疲れた体は睡眠を欲している

とうとう 瞳が開かなくなった
そして 意識を手放す前に

「愛しとるで…」

また おでこに温もりを感じた

私も好きだって言おうとしたのに
彼の服の裾を持っている手に 少し力が入っただけだった


***


カーテンの隙間から光が差し込む
その眩しさに眉間に皺を寄せ目覚める

隣をすぐ確認するけど やっぱりいるわけなくて
またしょんぼりと落ち込む

あれはやっぱり夢だった

来てるわけ ないんだもん、
ほんのり香るタバコの匂いは 私がつけたもの


重たい体を起こしあくびをこぼした

リビングに戻ると灰皿に
私のつけたタバコとは違う 吸殻があった
ひとつは根元まで焼けている吸殻と
もうひとつは クシュッと消されている吸殻

そう言えば微かに香る 整髪料と香水の匂い

…そうだね、やっぱり夢だ
 

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