◇◆霧隠才蔵(育児編)◆◇

□一枚の夜着
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かしゃかしゃと、忙しない音が庭に響く。

百世丸の小さな足が乾いた落ち葉の山を崩し、風に舞い上がらせていた。
時折袴の裾から覗く足首は見ているだけで寒くなってしまう。


「……ね、百世。そろそろ中に戻ろう?」


私は軽く足踏みをしながらそう促してみた。


「冷えて来たし、風邪を引いたら大変だから。ねっ?」

「だいじょーぶ! あとちょっとだけ!」

「でも……」


外にいる理由が理由なだけに、強くは言えないまま縁側に目をやる。
少し前にそこへよじ上った華が、いかにも退屈そうに、ころんころんと寝返りを打っていた。


「あのままだと華まで風邪引いちゃうよ」

「んー、だいじょうぶ!」


なんの根拠もない声が快活に答えて、同時に枯葉がぱっと舞う。
それを追って空を仰いだ百世丸は、緋色の瞳を一心に凝らし始めた。


まるで、そこから父親が帰ってくると確信しているように。


才蔵さんが任務に出て半月が過ぎた。
帰りを待ちわびているのは私も同じで、だからこそ、数日前から暇を見つけては庭に出る百世丸を、止められずにいる。

憂いの溜め息をひとつつき、先に華だけ屋敷へ入れようと、一歩踏み出した時。


――えっ?


微かな風が吹いて、瞬いた時には薄闇色の広い背中が現れていた。
比べれば圧倒的に小さな、でもよく似た後ろ姿のそばにしゃがみ込み、同じ目線で空を見上げている。


私が咄嗟に反応できずにいると、耳慣れた平坦な声が流されて聞こえた。


「……何見てるの」

「わっ!」


百世丸が身を翻し、野兎のような敏捷さで距離を取る。
兄の声に反応したのか、縁側からも「おあっ」と奇声が上がった。


「ちちうえ! わぁっ、びっくりしたぁ!」

「だろうね」


はしゃぐ百世丸を腰にぶら下げた才蔵さんが、ゆるりとこちらを振り返る。
注意をして見なければ気付けないほど淡い笑みを浮かべ、


「――ただいま」

「おかえりなさい……っ」


私も走り寄りたくなる衝動を懸命に堪えた。
飄々と縁側に向かう才蔵さんの後を追う。


「百世、離れな。猿じゃないんだから」

「やだっ」

「袴脱げるんだけど」


私は口をぽかんと開けて半月ぶりの姿を見上げていた華を抱き、百世丸を引き剥がしながら部屋へ入った才蔵さんに尋ねた。


「少しお休みになりますか?」

「ん」


相当疲れているのだろう。
褥を整える素振りも見せず、才蔵さんは自らの片腕を枕にして、無造作に横たわった。


――せめて夜着だけでも。


そう思って華を下ろしたのが、まずかった。

私が用意をしている間に、ようやく父が帰ってきたと認識できたのか、突如四つん這いでばたばたと前進を始める。
その勢いのまま横向きに寝そべった才蔵さんの胸板へ、ずんっと衝突した。

もし立って走ることを覚えていれば、駆け寄って抱き付くという絵になっていたのかもしれないけれど……。


「ちょっと、華!」


予想外の展開に慌てたのは私だけだった。

百世丸はけらけらと呑気に笑い、突進した本人は自分で驚いて固まってしまっている。
ぶつかられた才蔵さんは目を開きもせず、空いた片手で華の体をこてんとひっくり返した。


「はいはい、お前は猪ね……」

「うー」

「大人しくしな」


華が甘えたように、才蔵さんの胸元に額を擦りつける。
親子の光景としては微笑ましいけれど、任務明けの疲労を考えれば傍観しているわけにもいかない。

私は才蔵さんの上に夜着を広げて華の肩をとんと叩いた。


「すみません、才蔵さん。……華、行くよ。百世もおいで」

「えぇー、だってせっかくちちうえ帰ってきたのに! ぼく、ずっと、ずっと待ってたんだよ」

「しーっ、後でね。今は……」

「名無しさん」


微かな声に遮られた。
華を抱きかけていた手首に、冷たい指先が触れている。


「どうしたんですか……?」


答えの代わりに才蔵さんは身じろいだ。
仰向けになって胸の上に華を載せ、空いた傍らに私は引き込まれる。


「きゃっ」

「ずるい! ぼくもー!」


才蔵さんを挟んで反対側に、百世丸が身を寄せるのが見えた。
片腕で抱き寄せられ、触れた体も指先と同じように冷たい。


「もしかして……才蔵さん、寒かったですか?」

「当然」

「ずっと外に?」

「……あー」


直接の返事はなかった。
でも低い呻きの後に、火鉢いらず、と呟きが聞こえた気がする。

百世丸が夜着越しにこそこそと囁いた。


「ちちうえ、華もう寝てる」

「……ん」

「あの、才蔵さん、重くないですか?」

「重い。……重いね」


会話はそこで途切れる。

それでも私達の間には久しぶりに取り戻した家族の時が、確かな温もりを宿して流れていた。










みんなでぬくぬく(*^^*)

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