◇◆霧隠才蔵(育児編)◆◇

□お誕生日のお祝いを
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冷たい風が吹き抜ける縁側に、てるてる坊主が四つ、揺れている。


「ははうえー!」


廊下を賑やかに駆けてくる声が聞こえ……と思った時には既に、足元で百世丸が飛び跳ねていた。


「今日ね、ちちうえ、夜もお仕事ないって!」

「うん、やったね。百世が頑張って、てるてる作ってくれたおかげだよ」

「んーん、違うよ。みんなで作ったんだよ」


褒めた私の気などお構いなしに、ご尤もとしか言いようのない訂正が返ってくる。
思わず苦笑を零していると、曇天の下、ふらふらと体をぶつけ合うてるてる坊主に向かって、小さな手がぱんと打ち合わされた。


「ちちうえのお仕事、なくしてくれて、ありがとうございます」

「……それってどうなの」


低い声が割り込む。
見れば才蔵さんがゆっくりとこちらに近づいて来る途中で、その後ろには先程まで部屋でぐずっていた華の姿もあった。


「華、起きたんですね」

「まだ半分寝てるんじゃない」


才蔵さんがなかなかここまで辿り着けないのは、その長い人差し指を華に掴まれているからだ。
何度も目を擦りながらよろよろと歩く華は、確かに半分眠っているのかもしれない。


「昨日の夜は、はしゃぎすぎてしまいましたから」

「じゃあ僕が起こしてあげる!」


百世丸が素早く寄って行って、立ち止まった妹の前にしゃがみ込んだ。


「華! お昼寝はまたあとで!」

「……」

「今から華のお祝い、しなきゃいけないんだよ?」

「……」

「おーたーんーじょーびー」

「……」


ぼーっとしたままの華と、しばし見つめ合った末。
百世丸は何かを悟ったような眼差しで、傍らの才蔵さんを見上げた。


「だめだった」

「お前が起こすって言ったんでしょ。責任持ちな」


才蔵さんが足元に溜め息を落としながら再び歩き出す。
私と目が合うと緋色の瞳は僅かに和らいだ。


「もうできたの?」

「はい! あとは、食べてくれるお腹の準備しだいです」


才蔵さんが華を昼寝から起こしている間に、私はお祝いをする部屋の支度を整えていた。


二年前の今日、華が生まれた。
京から駆け付けてくれたお母さんと、梅子さんの手を借りて。

その間、百世丸と一緒に待っていてくれた才蔵さんの姿は見えなかったけれど、産屋の天井からはいつかの力綱が下がっていた。

あの心強さは、今でも鮮明に覚えている。


「華、着いたけど」


私の隣で足を止めた才蔵さんが、華の頭をぽんと撫でた。


「お前の腹しだいだってさ」

「……」


私は華の前に膝をついて、今は閉め切っている障子を指差して見せる。


「入る? やめておく?」

「はいるー!」


と答えたのは百世丸だ。
その勢い込んだ肩を才蔵さんが制している間に、兄の声援のおかげか、華が障子に近付いた。

小さな指が縦框の隙間を割り、敷居がスッと乾いた音を立てる。


「……ぁっ」


控えめな歓声を置き土産に、華が並べられたお膳に走り寄った。


「うわぁ!」


解放された百世丸も駆け込んで、いつものお膳には収まりきらなかった祝いの品々を眺め回す。
手の込んだ京料理を作ったのは久しぶりだった。


「少し、張り切りすぎてしまいました」

「……いいんじゃない」


肩をすぼめた私の背に、才蔵さんの温かな手が触れる。
こうしてふいに与えられる優しさは、いつになっても私の心をじんと痺れさせる。


向かい合う膳の前に腰を落ち着けると、私の隣に百世丸が、才蔵さんの隣には華がちょんと座った。その顔にはもう、眠気の欠片もない。
見慣れない料理に興味津々で、花形の人参をつついている。

華のふっくらした手首を才蔵さんが指一本で止めた。


「行儀悪い」

「あっ!」

「触るからでしょ」


汚れた指を掲げた華を叱ってから、才蔵さんはふと私の方を見て眉尻を下げる。


「お前さんの子だね」

「えっ?」

「寝るより食べ物」

「そんな、私はただ……」


料理が好きなだけで。
言いかけたところで百世丸が焦れた。


「はーやーくー、いただきます、しよっ」

「はいはい。ならお前から」

「僕から?」

「そ。あるでしょ、ふさわしい言葉」


あっ、と目を見開いた百世丸が、すでに何かを察してにこにこと笑っている華の前で、突如手を上げる。


「今日、お誕生日のひと!」

「はぁーいっ」

「おめでとうございます! いただきます!」

「いたらきましっ」


思い思いに箸や匙を手にした子供達の勢いに圧倒され、私と才蔵さんは束の間茫然と顔を見合わせた。


「なにこれ」

「さあ……」

「華は言えてないし」

「……ふふ」


お腹の奥底から、くすぐったくて、泣きたいくらい幸せな笑いが込み上げてくる。


「子供ってすごいですね」

「順応しすぎ」


呆れたように言う才蔵さんの目元も、いつになく柔らかい。

こんなふうに、穏やかに過ごせる時が来るなんて。
そうあればいいと願っても、子供達が生まれるまではどこか夢物語のようだった。

私は改めて華に向き直る。


「華、お誕生日おめでとう」

「……おめでと」


才蔵さんが続くと、華は得意気に指を二本立てた。


「にさい!」

「ん。そーだね」


来年のこの日も同じように迎えられるとは限らないけれど、見えない先のことを憂うよりも、今この時を大切にする術を私達はもう知っている。

言外の想いを微笑みで交わした私と才蔵さんの隣で、子供達の笑い声が弾けていた。










てるてる坊主は才蔵さん一家の願掛けアイテム(´∇`人)

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