◇◆伊達成実◆◇
□どこまでも、限りなく
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「あっ! ありましたよ、成実様!」
「待った待った、まだ言うな!」
「駄目です。私が先に見つけましたから。ほらここ」
私は成実様の膝に載った絵巻物の上端を指さした。
描かれた木の枝が少し歪んでいる。
「鳥の形です」
「……」
「ね?」
反応を返してくれない成実様の顔を覗き込めば、その唇が拗ねたように尖っていた。
「違う。これは鳥じゃない」
「え? 絶対に鳥です」
「だってこれは枝だ」
「……成実様」
敢えて口調を引き絞る。
薄い寝間着越しに触れた肩が、僅かに跳ねた。
「やっぱり駄目か?」
「はい」
「あーっ! また負けた!」
褥にばたりと仰向けになった成実様は眉間に浅い皺を寄せ、「なんで勝てないんだろうなぁ」と不満そうに呟いている。
一日の終わり、眠る前の一時。
私と成実様の間では最近、絵巻の中に隠された形を探し当てる遊びが、密かに熱を上げている。
悔し気に唸る様子をくすくすと笑いながら眺め、私は甘えるようにその胸元に寄り添った。
すかさず抱きしめてくれる腕はいつも温かい。
「名無しさんもだんだん、俺に手加減しなくなってきたよなー」
「してほしいんですか?」
「やだ!」
間髪入れぬ答えに、またくすぐったい笑いが零れてしまう。
「……もう二年か」
ふいに、成実様が呟いた。
なんとなく続きがある気がして黙っていると、私の頬に触れていた髪が優しく耳にかけられる。
「全然想像してなかったよ。こんな二年後」
「私もです」
たぶん成実様よりもずっと、予想できなかったところにいる。
そのくらいめまぐるしい変化があった。
大森へ来てからの僅かな間に。
「ここに来られてよかった」
そんな言葉が喉を震わせていた。
頭を預けていた肩口から少し顔を伏せ、綺麗に浮いた鎖骨のあたりに鼻先を埋める。
「成実様に出会えて、よかったです」
「うん」
「幸せ過ぎて。笑っていないと……泣きたくなります」
「うん。わかるよ」
成実様が片手で私を抱いたまま、他方の手で体の下に敷きかけていた絵巻物を脇へ除けた。
最初に探し絵巻を見つけてきたのは私だった。
でもそれ以降はずっと、成実様が新しいものを見繕ってくる。
何か大きな出来事があったわけではないけれど、二人ではしゃいでいたい夜が増えた。
「冬だからでしょうか」
「かもな」
意味があるようなないような問いかけにも、深くて優しい声が返ってくる。
でもたぶん、互いにわかっていた。
距離が近付けば近付くほど、愛おしく、大切な想いが強まるほど漠然とした不安も大きくなって、それを振り切るための何かを求めている。
「冬の夜は長いから」
成実様がややおどけた調子で言った。
「ゆっくりいちゃいちゃできるよな」
「はい」
「お、いい返事」
一度、二度、三度。
戯れの、素早く啄む口付けが与えられ、私も伸び上がって一度だけお返しをする。
「可愛い」
囁いた成実様の瞳が甘く潤む。
好き。
その想いがどうしようもなく膨らんで、私は緩やかに上下する胸にしがみついた。
「成実様」
「ん?」
「……大好きが、破裂しそうです」
「ははっ」
くるっと体が傾き、成実様と向かい合って褥に横たわる。
笑い出すのか泣き出すのか、どちらともつかない切なげな表情が私を見つめていた。
「俺もたまに怖くなるよ。名無しさんを好きだと思う気持ちの際限が見えなくて」
「はい」
「どこまでいっちゃうんだろうなって」
「……」
「だからそういう時は、俺の気持ちを名無しさんにあげる」
ぐっと引き寄せられ、額が触れ合う。
「名無しさんも、俺に分けてくれ」
「はい」
小さく応じた声が夜の静寂に漂って消える。
触れそうで触れなかった唇。
その僅かな距離を、今夜は私から迎えに行った。
了
(幸せの怖さなんて、知らなかった)