山椒魚

□壱
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side 鱒二


太宰君に酒場に連れて行かれた日から数日が過ぎた。俺はいつも通りの日々を過ごしている・・・筈だった。

この語尾から判るように実際は違う。通常の筈なのだ、その筈なのだが俺は如何も気持ちの悪い違和感を拭うことが出来なかった。
何と説明すれば判るのだろうか、こう(ボタン)を一つずつ掛け間違えているような・・・。
それを振り切ろうと机仕事に没頭していると気が付けばもう朝・・・なんてざらである。
あー、結局今日も一睡も出来なかった・・・。

確かこの日の事だ。マフィアのとある構成員から織田君が首領に呼び出された、と聞いたのは。



――――――――――

―――――――

―――――


現在、俺が急いで向かっている先は最上階の執務室である。多分首領はそこだと思う。
目の前に(タイミング)良く降りてきた昇降機(エレベーター)に滑り込むようにして乗る。

如何してだろう、何だか厭な予感がする・・・。
俺の頭の中では、何故かシューベルトの『魔王』が演奏されている。
・・・・・・魔王って少年を攫ったんだろ?非道い少年趣味(ショタコン)だな。という会話を親友としたのを思い出したことを、此処で素直に白状しておこう。

急いでいる俺の思いとは裏腹に昇降機はゆっくりと進む。この間にも厭な予感は少しずつ強くなるのである。

最上階に着いた俺は昇降機から一気に駆け出す。執務室の前には見張りが付いているが、俺の立場は特殊なので余り意味がない。つまりは顔通過(パス)状態である。
急ぎつつも気持ちを落ち着け、比較的優しく扉を開けた。
・・・矢っ張り間に合わなかったか。


何故こんなことを思ったのか?


幼女の服を脱がそうとする首領、を見て呆然とする織田君を発見してしまったからである。
深い溜息を吐き出しゆっくりと歩きだす。勿論気配を消して、だ。

俺がいることに気が付いた織田君は少しだけ驚いたように表情を変えた。それに対して、俺は人差指を唇にあてる身振りをした。
ちょっと静かにしててね。


「首領、・・・何を、しているんですか?」


自分で思っていたよりずっと低い声が出た。首領――林太郎は勢いよく此方を振り向く。そして俺と織田君を視界に入れて固まった。
ちなみに、彼は笑顔のままである。


「・・・鱒二?」


「あっ、マスジだ!」


恐る恐る俺に話しかける林太郎と違い、エリスの方はとても嬉しそうだった。俺もついつい笑顔を浮かべる。


「聞いてマスジ、リンタロウが気持ち悪い!」


「はぁ、それはいつもの事でしょ」


「二人とも非道いよ!!」


俺は床に広げられた深紅の(フリル)が付いたドレスを少し眺めてから拾い上げ、皺にならないように丁寧に箱に仕舞った。
林太郎はエリスを着飾る為に無駄な出費をする事が多い。

折角可愛いドレスなのに、何だか勿体ないなぁ。
俺はエリスに一つ尋ねた。


「エリスはこのドレス嫌いなの?」


「きれいなお洋服は好きだけど、リンタロウの必死さはいや」


本人がいる前で彼女はバッサリと云い切る。いわれた本人は少し目を潤ませていた。
・・・まぁ、それは自業自得なのだが。


「うーん、じゃあ今日は俺が選んだ服を着る?」


「マスジが?なら着る!」


おっと、即答である。
自分で提案していて何だが、少し驚いてしまった。


「ということだから、エリスは借りて行きますね。首領は真面目に仕事して下さい」


俺は林太郎と織田君をその場に残して部屋を出て行くのであった。





◇ ◆ ◇


それから数分程経ったくらいだろうか。
織田君と話を終えたであろう林太郎が、俺とエリスの所にやって来た。


「はあぁ、疲れた。エリスちゃーん!癒しておくれ!!」


「絶対いや」


相も変わらず彼女は林太郎の言葉をバッサリと切る。・・・その切れ味といえば、俺が現在愛用している日本刀並みだろう。
俺は小さく苦笑した。


「ねぇ林太郎、少し訊きたいことがあるんだけど」


「ん?何だい?」


彼は床に沈んだまま俺に返事をする。


「君、坂口安吾のことをどこまで知ってるの?」


「・・・さぁ、どう思う?」


矢っ張り誤魔化されたか。
・・・けどこの感じだと全部知ってるんだろうなぁ。例えば坂口君が・・・・・・

俺はそこで一度思考を切った。


「・・・真逆(まさか)、異能開業許可書のために?」


「おや、お美事!流石鱒二だね」


もしかして、この間の坂口君の欧州出張はそれの事前準備だったんだろうか。だとするとこの行方不明事件も・・・?


「林太郎、君は一体何を・・・」


「私は何時だって組織全体のことを考えているよ。それでいいじゃないか」


俺の呆気にとられたような声に彼はいつも通りの笑顔を向ける。
厭な予感はこれだったか・・・。
俺はこの日から更に眠れなくなった。如何にかして皆が助かる方法を捜したかったから。

しかし、後にこの厭な予感は現実のものとなってしまう。





・・・To be cotinued


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