山椒魚

□幕間@
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side 鱒二


吸い込まれそうな青空を見上げていたある日、林太郎との会話にとある少女の名前が出て来た。


「泉鏡花って・・・紅葉さんが気に入ってるお嬢さんの事だよね?」


「そうだよ。芥川君が次の作戦に使うと云って聞かなくてね」


俺が頸を傾げながら云った言葉に、林太郎は素直に肯定した。
作戦と云うのは、七十億の賞金のために人虎、(もとい)、敦を捕まえることである。


「彼、前回の失敗が思ったより響いているみたいだ」


「・・・そう」


俺はそっと目を伏せた。あんなに幼い少女までもが戦いに引っ張り出されるなんて。そう思っていると何だか背中に寒気が走る。
これはいつもの厭な予感だ。


「ねぇ、林太郎」


「何だい?」


「俺が泉鏡花に逢うのは可能かな?」


彼は俺がそう云うのをまるで判っていたかのように、にっこりと綺麗に笑って見せた。



――――――――――

―――――――

―――――


林太郎から云われた場所に向かった俺は、其処に誰かが佇んで居る事に気が付いた。
綺麗な黒髪を二つ結びにした着物姿の美少女、頸には携帯を提げている。
紅葉さんの話に何度も出てくる少女だ。
俺は近付いてそっと話し掛ける。


「君が泉鏡花ちゃん?」


彼女が振り向く。然し、その顔には何の表情も浮かんでいない。
彼女はそのまま口を開いた。


「・・・あなたは誰?」


「ん?そうか、君と逢うのは初めてだったね。俺は井伏鱒二、君の好きに呼んでくれると嬉しいな」


冷静な鏡花ちゃんに苦笑いでそう云うと、彼女は不思議そうな顔をして一つ頷いた。
如何やら理解してくれたらしい。


「じゃあ、鱒二」


「うん」


「私を此処に呼んだのは何故?」


「紅葉さんがいつも話題にする君に興味があったから。一度きちんと話してみたいなと思ったんだ」


厭なら断って善いよ、と続けると彼女は小さく頸を横に振った。厭ではないらしい。


「ふふっ、それは善かった。それじゃあ今日一日は俺に付き合ってもらおうかな」


「・・・ん」


俺が歩き始めると、鏡花ちゃんは後ろを静かに着いて来る。その動作に苦笑して、横においでと云うと、彼女は戸惑いながらも横に駆け寄って来た。
うん、善い子だ。
ぼんやりと鏡花ちゃんを眺めていると、彼女は此方の視線に気が付いたらしい。


「鱒二」


「うん、何かな?」


「・・・何処に行くの?」


「本当は街にでも行きたかったんだけど、それは許可が出なくてね。敷地内を散歩してみようかなと思ってるよ」


「判った」


そう、許可が出たのは敷地内まで。まぁ監禁から軟禁になっただけましだよね?
一寸(ちょっと)歩くと裏庭に出た。俺はそこにある茂みの付近に座り込む。鏡花ちゃんも不思議そうにしながら俺の横に座る。

暫くすると、仔猫を五匹連れた親猫がやって来た。
普通の親猫は、仔猫に危険が及ばないよう人間や他の生物を警戒するものだ。然し、俺は昔から動物や子供に懐かれやすかった。なので警戒される事とは無縁だ。
今日は猫たちが知らない人間(鏡花ちゃんの事)が居るので少し緊張しているようだったが、俺がそっと手を伸ばすといつも通り擦り寄って来た。


「・・・猫」


「うん、そうだよ。・・・触ってみる?」


「いいの!?」


先程とは違いキラキラと目を輝かせる彼女に、笑顔で頷き仔猫を一匹だけ腕に抱える。親猫は俺の事を信頼しているらしく、見向きもしない。
俺はそのまま鏡花ちゃんに手渡した。


「気を付けてね。落としちゃ駄目だよ」


「うん」


「優しく抱っこして、そっちの手で下を支えて・・・」


「・・・こ、こう?」


「そう、上手だ」


初めて仔猫を抱っこした割には、猫も彼女も随分落ち着いていた。きっと猫も鏡花ちゃんが優しい子だと判っているんじゃないかな、なんてね。


「如何かな、何か感想とかある?」


「・・・・・・・暖かくて、柔らかい」


そう云って彼女は頬を緩めた。その表情は年相応で可愛らしいものだ。本人は気付いていないかもしれないが。
俺は少し嬉しくなった。


「それは善かった、連れて来た甲斐があったよ」


「うん、ありがとう」


「どういたしまして」


でもそろそろ放してあげようか、と続けると彼女は一つ頷き、名残惜しそうに猫を下に放した。
仔猫は親猫の方へよたよたと駆けていく。仔猫が五匹揃うと親猫はニャアンと低く一鳴きしてから去って行った。


「よし!じゃあ次行こうか?」


俺は次の目的地に向けて歩き出した。




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