山椒魚

□檸檬一顆〜前夜〜
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side 鱒二


龍太が帰ってから数日、俺は何故か林太郎の部屋に居た。勿論エリスも一緒だ。
彼女は実に楽しそうに、真っ白い紙に落書きをしている。
俺はその様子を少し観察しながらも、自室から持ってきた文庫の本を読んでいた。


「一刺し・・・・・・。一刺しで敵の急所を突く必要がある」


林太郎はそう呟いて、手に持っていた手術刃(メス)矢遊戯(ダーツ)のように投げる。その風格はそう云った遊戯に慣れているようにも見えた。
しかし手から放たれた手術刃はスコッ、というふざけた軽い音と共に的から外れる。その周辺には外れた手術刃の残骸が密集していた。


「へたくそ」


「これだけ投げて一つも(あた)らないなんて、ある意味凄いね」


エリスは紙から目を離さず、俺も本から目を離す事なく云い切る。


「じゃあ鱒二は出来るのかい?」


「・・・その手術刃貸して」


此方に矛先を向けてきた林太郎に、面倒だなと思いながら手術刃を受け取る。
俺は本の文字を目で追いながら手術刃を投げた直後にタンッという音がした。顔を上げると手術刃が的の真ん中に刺さっているのが見える。
・・・おぉ、如何やら中ったらしい。


「マスジすごーい!」


「ふふふ、有り難う」


エリスが小さく拍手をするので、取り敢えずお礼を云う。
林太郎は困ったように指で自身の後頭部を掻いてた。彼はその後、よし、と云うとエリスの使っていた色鉛筆を一つだけ取る。


「ちょっと!何するの?」


「林太郎、流石に幼い子から物を取り上げるのは如何かと思うよ」


「鱒二!?違うからその瞳は止めて!」


俺の冷たい目線に焦ったらしい彼は声を荒げたが、すぐに笑顔を浮かべる。
これは・・・何か悪い事を考えている顔だ。


「敵に手紙を書く」



――――――――――

―――――――

―――――


「・・・えーっと、林太郎?」


「何だい?」


「何回読んでも『幼女可愛い』って事しか伝わらないんだけど」


彼の書いた手紙は内容が壊滅的だった。それはもう頭を押さえて溜息を吐きたくなるくらいには。
まぁ殺害予告状、って事だけ判ってもらえればいいかな?
そんな事をぼんやりと考えていると、心機一転とでも云うように林太郎が話し掛けてきた。


却説(さて)鱒二、前線を落とすなら誰?」


「・・・それなら梶井君かな?檸檬爆弾(レモネード)なら彼自身は毀傷(ダメージ)を受けないし」


更に連中は彼の能力が『爆弾を造る異能力』だ、と誤解してくれそうだ。しかも梶井君が行くなら、うちの兵力を無駄に削る事もないだろう。


「成程ね。じゃあそれで奇襲が成功したとしたら、(とど)めは誰?」


「うーん・・・今うちで一番遣る気のある子、かな?俺なら芥川君を選ぶけど」


組合の異能力は確かに脅威だ。一人一人の能力が非常に高い。だからこそ、それに敵うだけの力がいるわけだ。
でも芥川君って今は大怪我してるからなぁ。余り戦わない方が善いのかもしれないけど・・・。


「もうこの際鱒二の考えで行こうかな」


「それ、本気で云ってるの?」


「本気だよ」


これは大変な事になりそうだ。
直感的にそう感じた俺は心中で組合の連中に合掌した。敵の俺が云うのも何だが強く生きろ、と思う。
すると突然、林太郎が何かを思い出したかのように声をあげた。


「あ!あと夢野君を座敷牢から出そうと思うのだけど」


「・・・俺は別に構わないけど、如何なっても知らないよ?」


「一応、関係のない他人には異能力を遣わないように制約をつける」


「そんな簡単に従うといいけど」


「私が相手なら如何か判らないが、君が相手なら従うと思うけどね」


その言葉に俺は黙り込む事しか出来ない。
夢野久作。彼の『ドグラ・マグラ』は異能の中でも最も忌み嫌われる精神操作の異能だ。その能力の遣い方が余りにも危険という事で太宰君によって封印され、座敷牢に閉じ込められている。

俺は手が空くとそんな彼の様子を見に行ったり、話し相手なったりしていた。気が付くと随分懐かれていたものだ。・・・いや、懐くというよりかあれは依存の方が正しいのだろうか。その所為かQは俺を一度も呪った事がない。彼の理性がなくなった状況であっても、だ。
そこまで考えてまた一つ溜息を吐いた。


「まぁ云うだけ云ってみるよ」


「うん、宜しくね」


彼はそう云うと、どこか楽しそうに準備を始める。俺はただその背中を眺めた。




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