山椒魚の日常
□邂逅〜虎篇〜
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えっ、俺が敦を気に入ってる理由?そんなの聞いて如何するの?
・・・・・・判った判った、話せば善いんでしょ。
俺と敦が出逢ったのは今より一寸昔。
あれは今から数十年程前の事だ。
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俺はとある仕事の事情で孤児院に来ていた。孤児院というと、基本的には子供が沢山いて騒がしい筈なのだが、俺の小さな足音が聞こえるくらいに静かだった。想像していたものと違っている違和感と不気味さでつい頸を傾げてしまう。
院内を少し歩くと事務室のような場所に出た。其処には独りの男が佇んでいる。彼は此方に気が付き、比較的小さな声で話し掛けてきた。
「貴方が井伏鱒二さんですか?」
「えぇ、そうですよ。貴方は一体・・・?」
「あぁ失礼しました。私は此処の院長をしています」
訝し気な視線に気付いた男は、自分の事を院長だと名乗った。
彼は常に無表情だった。愛想の欠片も無い。
「おや、院長さんでしたか」
「・・・いえ、お気になさらず。案内しましょう、此方です」
静かな院内をたった二人で歩く。その途中で大勢の子供達に虐められている少年を見つけた。本日二度目、俺は頸を傾げた。
「あれは一体何ですか?」
「ただの躾ですよ。・・・あれがこの先、生きて行くために必要な事です」
その返事は実に淡泊だ。通常の人間なら怒ってその行為を止めるのであろうが、それは考え方と感性が通常の人間である。
残念な事に俺は少し違っていた。簡単に云えば変人?のようなものだ。
彼はとんでもなく不器用らしかった。その証拠に、それを見詰める瞳には少しの罪悪と悲しみが覗いていた。
院長の言葉に空返事をした俺は、彼に案内されるがままに廊下を歩いた。
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「はぁー、終わったぁ!」
それから数分後、用事を済ませた俺は孤児院の中庭で大きく伸びをしていた。
すると何処からか小さな泣き声が聞こえてくる。無視しようかとも思ったが、如何にも気になるのでつい捜してしまった。
声の主は大きな木の後ろに居た。それは先程虐められていた少年だ。
「ねぇ少年、何故こんな所で泣いてるの?」
「っ!?・・・お姉さん、だれ?」
俺の声に少年は非道く驚いたように振り返った。まぁ実際驚いていたんだろうけど。
第一印象?うーん、穢れの無い白って感じだったよ。どれだけ傷付きボロボロであっても、それは俺の目を一瞬で奪った。
彼は鮮やかな紫に琥珀が混じり合った瞳に水晶のような涙を浮かべていた。正しく硝子玉のような美しさである。
俺は性別の誤解を解くべく彼に話し掛けた。
「少年、俺はお姉さんじゃなくてお兄さんなんだけど」
「ん?お姉さんはお兄さんなの?・・・でもやっぱりお姉さんで・・・」
「あー、何かご免。・・・俺は井伏鱒二、もう少年の好きなように呼んで」
「うん、じゃあお姉ちゃんね!」
結局そうなるのか・・・、と俺は少し沈んだ。
「少年の名前は?」
「中島、敦です・・・」
「敦かぁ。善い名前だね、とても格好良いよ」
俺がそう云って敦の頭を撫でると、彼は恥ずかしそうに、えへへと笑った。俺はその様子を見て両手で顔を覆い、空を仰いだ。
・・・何これ可愛い、持って帰りたいなぁ。
まぁポートマフィアなんて血生臭い所に連れて行くわけにはいかないんだけどね。
「で、敦は何でこんな所で泣いてるの?」
「・・・泣いたら怒られちゃうから。ここなら大丈夫かなって思って」
その後に、けっきょくお姉ちゃんに見つかっちゃったけど、と無理矢理笑って続けた。
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