山椒魚の日常

□万聖節
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「鱒二!万聖節(ハロウィン)をやろう!!」


扉を勢いよく開け放ったのはポートマフィアの首領である森鷗外だ。彼に鱒二と呼ばれた、一見すると女性に見える男は読んでいた本から顔を上げ、数秒程ポカンとしていた。


「あれ?鱒二ってこういうの嫌いだったかな」


「んー、そうじゃないけど。突然云われたら誰だって固まるよ」


その様子に誤解をした鷗外の言葉に苦笑した鱒二は、気を取り直したように彼に疑問をぶつけた。


「万聖節って確か西洋の行事だよね。此処でやる必要あるの?」


万聖節とは古代ケルト人が起源とされる祭りである。もとは秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な行事だ。
南瓜(かぼちゃ)の中身を刳り貫いて『ジャック・オ・ランタン』を作ったり、子供達が仮装をして近所の家々を訪れてお菓子をもらったりする風習がある。


「それはね・・・・・・エリスちゃんの可愛い仮装が合法的に見られるからだよ!!」


「・・・はぁ、そんな事だろうと思った」


良くぞ訊いてくれましたとでも云わんばかりに堂々と叫ぶ鷗外に、鱒二は呆れを含んだ溜め息をついた。彼の溜め息はもう癖になっていた。


「まぁエリスちゃんだけじゃなくて、全員に仮装してもらう心算(つもり)だけどね」


「ん?と云う事は俺や林太郎も・・・?」


「当たり前じゃないか!あっ、そうだ。衣装とお菓子を入れた籠はもう皆に渡してるから。鱒二の分も部屋にあるよ」


「・・・随分準備がいいんだね」


「そりゃあ、如何してもやりたかったから」


鱒二は鷗外の表情を正面から目にして、ほんの少しだけ驚いた顔をした。普段浮かべる悪い笑みではなく、穏やかで優しそうな顔だったからだ。
俺がその表情に弱いのを知っててやってるんだろうか?もしそうだったら何か悔しいなぁ・・・。

詰まる所、鱒二も渋々万聖節に参加する事になったのである。
因みに、洋服棚を開けて硬直したのは云うまでも無い。



――――――――――

―――――――

―――――


「マスジー!」


着替えを終えこっそり部屋から出た彼を待っていたのは、鷗外が溺愛している幼女のエリスだった。彼女はパタパタと小さな足音を立てながら駆け寄って来て鱒二に飛び付く。


「見て見てマスジ。・・・似合う?」


そう云ってその場でクルリと回って見せる。エリスが着ていたのは悪魔の衣装、と云っても本格的な禍々しいものではなく、子供用の可愛らしいものだ。さながら小悪魔と云ったところであろうか。
鱒二は何だか微笑ましくなって目許を緩めた。


「うん、とっても似合うよ。可愛いね」


「本当!?ありがとう。マスジもかわいい!」


「あのねエリス。俺は一応男なんだけど・・・」


「んー?」


「・・・ごめん、何でもない。有り難う」


可愛いと云われた事は不本意だが、子供の心を傷つけたくはなかったのでお礼を云ってエリス頭を撫でる事にした。
そんな彼が着ていたのは天使の衣装。真っ白で全体的にヒラヒラふわふわしている衣装だったので、エリスも可愛いと思ったのかもしれない。
林太郎は俺とエリスを(つい)にしたかったんだろうか?
そんな事を考えて内心で頸を傾げる。
するとエリスがキラキラした瞳で鱒二を見て、両手を差し出した。


「マスジ、マスジ!とりっこわとりーと!!」


「あぁ、"Trick or Treat"ね」


「あれ?とりっくおあとりーと?」


「そうそう。・・・はい、これお菓子」


「わーい!!」


舌足らずでなエリスに綺麗な発音で返すと、彼女ももう一度発音した。鱒二はそれにニッコリ笑ってお菓子を手渡す。
然し、のんびりしている二人に近付く人影が一つ・・・。


「あぁエリスちゃん、こんな所に居たのかい!?」


「あっ、リンタロウ!」


「おや、鱒二と一緒だったんだね。安心したよ」


この様子だとこの辺りを随分と探したのであろう。エリスを見つけた鷗外は安堵の息を吐いた。彼女を溺愛している彼からしたら当然の行為であった。


「それにしても、二人とも善く似合ってるね」


「・・・如何してだろう、褒められてるのに全然嬉しくない」


鱒二が不機嫌そうに云うと、鷗外は小さく笑った。
そんな彼はというと、頭から白くて長い布を被っている。


「・・・ねぇ林太郎、真逆(まさか)とは思うけどそれって幽霊の仮装なの?」


「良く判ったね!流石鱒二だ」


「リンタロウのお化け、かわいくない・・・」


「え、エリスちゃん!?」


エリスの言葉にほろほろと崩れる鷗外。鱒二は顔を引き攣らせる。
俺達にはこんなに本格的なのものを着させておいて、自分は適当に布だけ被るとか如何いう心算だ、と。
然し鷗外は鱒二の気持など露知らず、気を持ち直しパッと笑顔を浮かべてこう云った。


却説(さて)、皆も待ってるしそろそろ行こうか」




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