山椒魚の日常

□探偵社設立秘話・承
1ページ/1ページ

no side


「へぇー。それで、君たち三人は結局何処に行ったの?」


「演劇場だった」


ナオミが新しく入れたお茶を受け取りながら鱒二が訊ね、飯田が苦笑してから答えた。


「演劇場ですか?何でそんな所に・・・」


「その演劇場に殺人予告が出ていてな、社長は当時用心棒をしてたしその関係で依頼を受けてたんだと」


「まぁ!殺人予告なんて物騒ですわね」


「・・・あー、確かに物騒だよな」


敦とナオミの言葉に返事をした彼は、当時を思い出すかのようにそっと目を伏せた。



* * *


まず、到着した演劇場では乱歩と女性支配人(オーナー)江川の間で一悶着あり、舞台関係者に話を聞いて回り、福沢の好奇心と乱歩の間でまたもや一悶着起こり、予鈴と共に劇場に足を踏み入れることとなった。
たった数時間の間に如何してこうなるのやら・・・。
ちなみにだがこの間、飯田はただ何をするでもなく傍観を続けていた。

演劇の内容は簡単に云えば十二人の罪人である元天使を『天使』が次々と殺していく話である。飯田はその概要に気が付いた瞬間、少しだけ顔を顰めた。
殺人する天使とか、もう天使じゃねぇよ!と言うのがこの時の彼の心情である。

それは一先ず置いておくとして。
(ひる)は夢、夜ぞ現』と題名(タイトル)が付けられた演目は、天界を追われて人間になってしまった元天使たちが神の許しを得るため古い劇場に集まり、劇場内に住まうとある異能者を見つけ出す物語だ。

乱歩は一つ頸を傾げた。


「ねぇ、異能者って何?」


不意に問われたそれに福沢は少し悩んでから「観ていれば判る」とだけ小さく返す。乱歩はその答えに不満を抱いたのか、頬を少し膨らませて福沢の居る席とは反対方向――飯田の方を向いて同じ事を聞く。


「ねぇねぇ龍太さん」


「あー、そうだなぁ・・・。簡単に言えば、常識では考えられない現象を起こす特殊な力を遣う人間の事だな」


「へぇ」


声を潜めるようにして答えると、彼は小さく頷いた。
実は飯田の答えが簡単になってしまったのは二つ理由がある。
一つは今が上演中であるから。
もう一つは今回の演劇は題目(テーマ)と言っても過言ではないため、劇中に説明があるだろうと予想していたから。
案の定彼の予想通り、劇中では空想(フィクション)としてではあるが懇切丁寧に異能者についての説明があった。

飯田は乱歩と共にぼんやりと演劇を眺めながらも、持ち前の神経で福沢が観客たちに視線を走らせた事に気が付いた。
すると集中して観客を見やる福沢の目が不意に留まる。飯田も思わずその方向を見た。

そこに居たのは取り立てて目立つ処のない、ありふれた一般男性である。彼は紺の背広を着ており、その頭には鍔のある丸帽子を被り、T字のステッキを片手に携えていた。
洋風の紳士を思わせる出で立ちの彼に、飯田は目を丸くする。
・・・何で"この人"が"こんな所"に居るんだ!?
思わず出そうになった声を咄嗟に飲み込めば、またしても乱歩が問いかける。


「ねえ、訊いていい?このお客さん、皆お金を払ってこれを観に来てるんだよね?」


「上演中は静かにしろ」


福沢が窘めるが、乱歩は構わず口を開く。


「なんでこんな丸わかりな話を、お金を払ってまで観に来るの?」


まるで判る事が当たり前のような顔で訊ねた。
飯田も福沢もその問いに厭な予感ががしていた。そしてそれが的中してしまうのは数秒後であった。



◇ ◆ ◇


休憩の館内放送が流れた瞬間、福沢は乱歩を無理矢理立たせ外に出る。飯田もその後ろに続いた。
彼は興味があった。――それは如何にして乱歩の非凡な才能を本人に気が付かせるのか、と言う事。お手並み拝見、とばかりに一歩距離を保ち後ろで眺めていた。


福沢は演劇の話のように乱歩を自身が『異能力者』だと思わせることにしたらしい。偶然手元にあった眼鏡と、彼が実力者であることをまざまざと感じさせる遠当てを利用して。
それは美事に成功し、乱歩は自分の事を異能を持つ名探偵だと思うようになった。

そして彼は福沢と飯田に先に劇場に戻ってもらうように云ってから、自分はやる事があると言って意気揚々と駆け出した。


福沢と共に劇場内に戻った飯田は、劇を見ると同時に観客を観察していた。詰まり、乱歩の言う通りにしていたのである。
舞台上の光しかない暗い道を二人で言葉なく席に向かって歩いていると、急に台詞が途切れた。
思わず目を戻せば、この演目の主人公である村上青年の胸元に銀色の何かが突き刺さっている。
・・・あれは刃物?
そう気付いた瞬間鮮血が勢い良く噴き出し、彼が前に倒れる。

その瞬間福沢が一気に駆けだし、舞台上へと跳び上がる。
飯田は素早く劇場を出て、軍警に表を封鎖させるとすぐさま劇場の中に戻りその扉も封鎖した。これで外に出られる人間は居ない。


却説(さて)、犯人は何処に居るのやら?




_

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ