拍手お礼
□藤と鶴丸国永
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まだ日の昇る少し前、鶴丸国永は"いつもの習慣"で布団からゆったりと起きあがった。
時計の針は長針が6を、短針が4を指している。
彼は上体を起こしたままぼんやりと天井を見上げ、そしてようやくここが今までいた本丸とは別の場所だと思い出した。
鶴丸はもう一度寝てみようかと思い布団に潜ったが、どうにも目が冴えてしまって眠れず、結局起き上がった。
「さて、どうしたものかな・・・」
小さくそう呟き、手早く着替えてから部屋を出る。
後ろ手に閉めた戸がカタンと軽い音を立てた。
――――――――――
まだ日の出ていない外は少しだけ肌寒い。鶴丸は内心で何か羽織って来れば良かった、と思いつつ足を進める。
目的地は特にない。ただ思うままに進んでいるだけだ。
そのまま真っ直ぐ廊下を進み、広い庭の前まで来た彼は目の前に広がる光景に声を失った。
「これは、桜か?」
そう、ひらひらと風に乗って舞っているのは薄桃色の花弁、桜の花の一片である。
昨日までは緑の葉が生い茂っていたような気がするんだが・・・、と花弁を捕まえながら考えていた鶴丸に誰かが後ろから声をかけた。
「・・・あら、鶴丸様?」
「! ・・・藤」
「はい、おはようございます」
「あぁ、おはよう。随分早いんだな」
「その言葉、そっくりそのままお返しいたします。鶴丸様も随分お早いのですね」
「まぁ・・・目が覚めてしまってな」
鶴丸が苦笑してそう言えば、藤も小さく笑った。
「ところで、この桜はなんだ?昨日見たときは咲いてなかったと思うんだが」
「えぇ。咲いてませんでしたね」
「何で突然咲いたんだ?」
「実は・・・・・・」
彼曰く、今まで藤が溜めていた誉のご褒美をすべて使って審神者に頼んで景種を変えてもらったらしい。
ちなみに景種と言うのは、審神者の霊力で庭の風景を変えられるもので、小判で購入が可能らしいということを知った。
「へぇ、そりゃ面白いな。でも何でそんなことを」
「・・・貴方は驚きが好きな刀だとお伺いしましたので、盛大に驚いていただきたくて」
一日で庭の風景が変われば、きっと貴方も驚いてくださると思ったのです。と続ける。
鶴丸はその言葉に少し困惑した。
「へっ・・・?お、俺のためか?」
「ためというか・・・ただ私がしたかっただけですから。それにもうすぐ良いものが見られますし」
「良いもの?」
藤がそう言うと薄暗かった空に少しずつ光が差し込む。
・・・日の出の時間だ。
キラキラと輝く朝日を浴びて、薄桃色の花びらの縁もキラキラ輝く。それは何とも美しい光景であった。
鶴丸が思わず息を呑むと、藤が隣で小さく息を吐いた。
「ふふふっ、美しいでしょう」
「・・・あぁ、本当に。ここは極楽浄土のようだ」
「それは流石に言い過ぎですよ」
「そうか・・・」
藤は苦笑したが、その言葉が鶴丸本人の本音以外の何でもなかったのは言うまでもないだろう。
「どうです?驚いていただけましたか?」
「ははっ、そりゃもう盛大に驚いたぞ。・・・君がいなければ、俺はこの美しさすら知ることはなかったのだろうなぁ」
「それは重畳。用意した甲斐がありました」
二人はそのまま桜を眺めていたが、藤が何かを思い出したように小さく声を零す。
「ん?どうしたんだ?」
「いえ、そろそろ朝餉を作る時間だと思いまして」
「俺も何か手伝ったほうがいいか?」
「そのお気持ちだけで十分です。ありがとうございます」
「一人で大丈夫なのか?」
「? えぇ、もう慣れていますから大丈夫ですよ。それに最近は小さい兄弟や倶利伽羅殿も家事をしてくださるので助かってるくらいです」
彼は平然とそう言ってから、大変申し訳ないのですが私は一足先にお暇しますねと一礼し、その場を去ろうとする。
鶴丸は少し呆然としてから、慌てて藤の腕を捕まえた。
「まっ、待ってくれ!」
「! 鶴丸様?」
「その、重ね重ねありがとう。君がいてくれて本当に良かった」
「・・・そう言っていただけると、私としてもとても嬉しいです」
鶴丸の発した感謝の言葉に、藤がへにゃりと珍しく表情を崩す。それを正面から見た真っ白い彼は、顔どころか耳や首元まで一瞬で赤く染める。逆に藤が困惑した。
「え、えっ?鶴丸様、どうされたのですか?もしかしてまだお具合が・・・」
「いっ、いや!そういうわけじゃないんだ、気にしないでくれ」
「それなら良いのですが・・・。あまり無理はされないでくださいませ」
「・・・あぁ」
おろおろと鶴丸に気にしながらも、家事をしなければならないので、藤は後ろ髪を引かれる思いで厨へ向かう。
鶴丸はその華奢な背中を見送ってから、力が抜けたようにその場にしゃがみこんだ。
今日もこの本丸は平和である。
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