夢
□プロローグ
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「はぁ………」
家について開口一番、こんな辛気臭い溜息を溢してしまった自分に嫌気がさす。でもだって、今日は溜息吐いたって、しょうがないって、思う。
まず朝だ。私は朝起きて、毎日占いを見てから出掛ける。そして今日も、例に漏れず見ようとしたのだが、テレビが壊れていた。リモコン押しても、電源を押しても画面はブラックアウトしたまま。理由は知らない。
次に電車。まさかの満員電車だった。いつも余裕のある時間に行くから、空いているのだ。しかし今日は、テレビが壊れていたためパニックになって、いつもより遅めに出てしまったのである。それが仇だった。
出社前から散々だった私は、会社についてからも運がなかった。
書類は出し忘れて部長に怒られる。お昼になった時、カバンに弁当がないことに気づいて食堂に行くも、私の前の人で売り切れ。営業の仕事で、プレゼンしに行った会社では資料を忘れて大失敗。しかもその会社はかなり有名で、うちとしては絶対に契約させたいところだった。
それだけでも精神的に大打撃を食らっているのに、まだ私には不幸が降りかかった。
生理現象でトイレに行くと、トイレットペーパーが無いという事態。しかもアレが来ていた。最悪である。通りで一日中イライラするわけだ。ついでにトイレから出た時にはスマホの充電が切れていた。最悪である。
まぁ、そんなこんなでほんっとーに散々な1日を過ごした私は、これ以上は無いよねって思いながら仕事が終わるのを待った。それがフラグになるとは知らずに。
今日は金曜日だった。仕事が終われば、彼氏とデートする日にしているのだ。今まで生きてきた人生の中で一番嫌な1日だったから、早く慰めてもらいたい。そんな気持ちでサッサと会社を出て、いつもの待ち合わせの駅に向かった。
けれど、待てど暮らせど彼は来ない。いつも遅くても、19時には来てくれるのに。今の時刻を彼から誕生日に貰った腕時計で確認すると、20時30分だった。
そんな時である。彼の声が聞こえたのは。今までの暗い霧のようだった気持ちが嘘のように晴れた。大好きな彼に会える、そう思って声のする方を向くと、彼は知らない若い女と腕を組んでいた。
愕然とした。だって私の知ってる彼は、あんな顔で笑わない。人前で腕組むのは嫌いだって言っていた。けど、幸せそうな歳の差カップルを見て、何故か納得した。今までだって、何度かドタキャンはあったし、四年くらい付き合ったけど、一度も彼の実家に連れて行って貰えてない。私達だってそろそろ良い歳だから、結婚の話くらい、しても良いのにって、思ってたけど。
「そーゆーこと、かぁ」
自嘲気味に笑って、踵を返した。もう、彼とは会えない。大好きだった。本当に。でも、きっともう彼の前で、上手く笑えないだろうから。
重い体を引きずって、目の前にある錆びた階段をゆっくりと、でも確実に一歩ずつ進みながら、今日1日を振り返った。どこをどう捻ってもマジで最低な日である。
普段なら短いと感じる階段が、今日は少し長く感じた。
そして漸く家について、冒頭のセリフである。しょうがないよね、溜息くらい吐いたって
カバンをソファに放り投げて、リモコンを手に取った。あ、そーいえば付かないんだっけ。それに気づいて思わず舌打ちした。あー、ヤサグレてるなぁ、自分。でもほんっと何なの。今日一日。
今日1日のイライラがピークに達したのか、仕事の愚痴や、彼への恨み辛みが口から吐き出される。
だが、暫くそんなことを言っていたら、途端に虚しくなった。
「あー、もう止め!こんなん考えたってどうしようもないじゃん…」
そう、どうしようもないのである。たまたま今日という日に、こんなに最悪な出来事が重なっただけで、明日からも普通に1日が始まる。私だけが不幸ってわけでもないし、今日が最高の1日だった、何て人もいるだろう。けれど、それらには何の関係もなく、明日からも世界には何の変化も訪れないのだ。
「…何考えてるんだろ、私。厨二病かよ」
もう今日はシャワー浴びて寝よう。時計を見ようとして、腕時計が目に入る。けれど、もう見たくもないものに変わってしまったものだから、そっと外してゴミ箱に捨てた
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洗顔やら角質取りやらをして、スッキリしてから部屋の電気を消す。そのままベッドの上に倒れこんだ。
ほんと、今日は疲れた
「あー、明日、どっか遠くに行こっかなー…」
ぼんやりと、そんなことを考えながら、目を閉じる。
まさかあんな目覚め方をするとは知らずに、この時の私はぐっすり寝たのである。