コミュ障彼女と警戒彼氏
□やってきたのは、コミュ障少女
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「あの子がここを去ってから、ちょうど今日で十年ね。」
「去ったのではなく、追い出したんだろ。」
あの子は、ジンのお気に入りだった。
勿論ジン本人は決して認めはしないだろうが、事実そうだった。
彼女を、不器用ながら大切に扱っていたし、汚い仕事は一切やらせなかった。
彼女が丁度十歳になった日。組織の研究員として働いていた彼女の両親が実はFBIの人間だった事が判明し、組織に抹消された。
その後、一人残された彼女のこれからについて話し合いがなされ、ジンの配慮もあり私が親戚の振りをしてどこか引き取り先を見つける、という事になった。
私が彼女を迎えに行った時、彼女は一人バースデーケーキの飾られたテーブルに座り、一人で
「Happy Birth Day To You」
を楽しそうに口ずさんでいた。
他にも、本当は両親から手渡されるはずだったプレゼント、家族団欒で食べるはずだった立派なタンドリーチキン。
彼女一人の為に用意されたであろう、パーティーの支度が、あまりにも皮肉だった。
彼女に、もう二度と家族と呼べる人達と楽しむ食事、生活はやって来ない。
そう考えた時、彼女の無邪気に此方を見つめる笑顔が酷く哀しいモノに見えた。
『べるもっと、なんでないてるの?』
『……え?』
そう彼女に言われ、自分の頬に手をやると、そこは濡れていた。
ふっ、私も随分、偉くなった物ね。
人を思って泣けるほど、私は優しくはないのよ。
そう、自分に言い聞かせ、涙で霞む視界越しに彼女の家に火を放った。
彼女を連れ、組織に帰る。
それが今日の任務。
なのに、その場から足が動かなかった。
手を繋ぎ、ただ燃える自分の家を呆然と眺める彼女を見ていると、今まで感じた事のない感情が、胸を焦がした。
罪悪感。
きっとその三文字が似合うであろう感情。
このままここに留まれば、警察に捕まってしまう。
だけど、もうそれでも良いんじゃないか、と言う気持ちが一瞬脳裏を掠めた。
でも、そうすれば。
彼女を余計辛い思いをさせるかもしれない。
組織の余計な事を喋るかも。
私の中では圧倒的に前者の気持ちが強かったが、とにかくここから立ち去らなきゃ、という思いが、ようやく、身を持った。
燃える、赤い家を残して私と彼女は去る。
もう二度と、来る事も見ることも。
ここで出来た幸せに触れる事も、また幸せを味わう事も。
彼女には許されない。
柄にも無く溢れ出す涙を、彼女に気づかれない様に拭う。
ただ、ただ。
哀しくて、虚しくて、辛くて、悔しくて。
何も出来ない自分が、無力な自分が。
彼女に、彼女の両親に、無能だって言われた様で。
辛く、悲しかった。
―そんな日から、十年。
きっと彼女は自分の誕生日だと言う事も覚えてないだろう。
だって、次の日目覚めた時には、自分の家族に関する記憶全てが吹っ飛んでいたのだから。
十年経った今、多少は回復しているだろうが、小さい頃からの人見知りはきっと健在だ。
大学を卒業して、働き始めたであろう今日、彼女の頭はそれどころでは無いと思った。
あれから十年、貴方を失った私達の心は、私達の事を覚えているかも判らない貴方の事でいっぱいだった。