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□バイト
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「お前さぁ、どうしてこんなところでバイトしてんの?」そこは、ロッジ風の建物で、丸い照明が、高い天井をほのかに照らしている。窓からのぞく景色が墓地だという一点をのぞけば、そこはこじゃれたリゾート地の一軒だったと言えるかもしれない。「え?時給高いですし、静かですしね、墓守り悪い仕事じゃないと思いますよ?」「この時間じゃなけりゃな」時計の針は午前2時をさしている。鳥子は、鬱蒼と茂る墓地の向こうの木立の群れを眺めた。街灯が、ポツン、ポツンと立っている限りだ。「あ、鳥子さん、まさか」「う、ううん、何だ?」慌てる鳥子に向かって、小松は後ろ手で、覗き込むように、「怖いんですかぁ?」滅多に弱みを見せない鳥子のリアクションが珍しいのか、からかう素振りを見せる。鳥子はキョトンとしてから、イスの上にふんぞり返り、「ばーか、このオレが幽霊なんか怖がるかよ」(本当は小松が心配で来た、なんて言えるか)内心、ホッとしていた。「なーんだ、そうなんですね、そうですよね、鳥子さんが幽霊なんか怖がるわけないですよね」小松はちょっとガッカリ顔だ。「そうだぜ、あーつまんねー、小松が怪しげなバイト始めたっていうから、見にきたっていうのによ、あと何時間ここにいる分け」「午前5時までなんで、あと3時間ですね」「え〜マジかよ…ヒマだな〜あ〜十六屋のラーメン食いて〜」「あ、あたし夜食作りますよ、食事は取っていいことになってるので」「えっ、マジ?」「ええ、インスタントのラーメンなら、ありますよ」「やったー」小松はニコニコして、イスにかかっていたエプロンを手に取ると備え付けのキッチンに向かう。「今すぐでいいですか?」「ああ、頼むわ」小松は手際良く、鍋と袋麺を手に取り、お湯を沸かし始める。小松が持ち込んだのか、ラーメン鉢も取り出す。「スープは醤油味しかないですけど、いいですか?」「おう」袋を破り、粉末スープを取り出し、器にあける。「じゃ、明日はオレの食べたいの持ち込もうかな〜」鳥子はご機嫌でイスの上でそっくり返る。「え?鳥子さん、明日も来るんですか?」「え?って、そりゃ…何だよ、オレがいちゃ迷惑か?」「いえ!とんでもないです!ただ、つまんないって言ってたから、明日は来ないのかと…」「え?そりゃ、な、ええと、そりゃ、ラーメンが食えるなら別っていうかだな」(鳥子さん、墓地って言ったら、びっくりしてたな…)「鳥子さん、あの、まさか、あたしが夜バイトするの心配して…」お湯を沸かす手を止めて、小松が振り返ると、鳥子は、「ばっ、バッキャロ…、このオレがタメの心配なんかするかよ!」イスの上で、ジタジタする。「仮にもだな、白鳥学園の相談役のオレには、パティシエプリンセスを保護するだけの、あれだ、責任というか、余裕があってな、つまり、いちいちお前の心配なんかしてられっか!」「そ、そうですよね」どちらにしろ、小松の身を案じての行動だと言ってしまっているのだが。小松は鳥子の慌てっぷりに呑まれるように、ラーメン作りを続行した。(あの鳥子さんが、あたしのバイト先まで心配してくれている?そんなわけないけど…もし、そうだったら嬉しいな)「おいしいラーメン作らなきゃ!」沸騰し始めたお湯に麺をあけ、ぐつぐつと煮立てる。メンマを取り出し、煮卵を半分に割り、(よし、半熟!作っておいて良かった)麺はやや固め、麺を茹でていた鍋のお湯をサッと器に移し、粉末スープを混ぜるように、かき回す。スープが出来上がった所に麺を入れ、トッピングを施す。「よし!」小松は笑顔で振り返ると、「さ、出来ましたよ!」器を両手に持ち、鳥子のいるテーブルまで持ち運ぶ。「おお…」ラーメン鉢の中をのぞく鳥子の顔が輝く。「おかわり、作りますからね!」「おう」ラーメンに箸をつける二人のいる天井に湯気が立ち上っていった。
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