Project(Hiyoshi)

□方程式
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「日吉、そこ間違っているぞ」
「え?」




方程式





夕焼けに染まる本の城。
その橙の光さえあまり差し込まぬ、奥まった場所にある机の上。
静寂が支配する空間で、広げられたプリントの山に向かっていた日吉の耳に、聞きなれない声音の、だけど最近確実に耳に馴染んできた声が届いた。
静けさを破ったその声は、少しも不快な感じを与えず、むしろその落ち着いた声にどこか安心してしまうから不思議だ。
日吉は動かしていた手を止め、目の前の人物が言葉と同時に指し示した場所へと目を動かした。
そこに並ぶ数字の羅列を、自分なりに飲み込み、そして間違いに気付く。

「あ、本当だ。すいません」
「謝る必要はない。分からない所があれば、遠慮なく言うといい」
「はい。ありがとうございます」

優しい言葉に、自然口元が緩んだ。
甘やかされてる気がするのに、それが少しも嫌じゃない。
それは目の前の人物が、自分にも他人にも厳しい人物だと知っているから。
日吉は手にした消しゴムで、間違った箇所を消し、熟考を開始する。
それを見て、彼は安心したように再び手にした本へと視線を落とした。

端から見れば、二人は仲良く勉強している先輩後輩に見えるのだろう。
しかし、実際、二人の着ている制服は違う学校のものだった。
どちらも有名な私立校ではあるが、また共通の接点が見当たらないのも確かだ。
日吉自身、まさか彼とこうして過ごす時間を得ようとは、考えてもみなかったのだから。

「手塚さん」
「何だ? どこか分からない所でも…」
「本当に、いいんですか?」

何度となくした質問。
日吉には、目の前の彼。
青春学園にして…いや中学テニス界にして彼ありと言わしめる彼。
手塚国光が、どうして自分の勉強を見てくれるのか、どうしても不思議だったのだ。

「またその話か。構わないと言っているだろう?」
「ですが、手塚さんは受験生で…」
「本当に気にする必要はない。自分の勉強はちゃんとしてる。それに、こうして人に教えるのも、いい勉強になるんだ」
「…ありがとうございます」

いつも同じ言葉で言い包められ、同じ言葉で返す。
そして、同じ様に、優しく笑う手塚を見る。
日吉はこの度に、心に染みる、何かむず痒い感情に身を震わせるのだ。
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