創作小説〜短編・中編〜

□或る男の告白
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拝啓 貴女様へ

僕はね貴女を好いているんだ

急な話だけどね
いや 好きという言葉では貴女への思いは足りないだろう
愛している
いやこれでもまだ足りない
何と言ったら良いんだろうね
少なくともただ僕は貴女の為なら命なんて惜しくないんだ
貴女が望むのなら何だってするし何にだってなるさ
陳腐な言い回しを許しておくれ
僕の語彙力じゃ貴女への愛を表すことが出来ないんだ
こんなにも貴女を想っているのにそれを言葉に出来ないなんて僕は何て情けないのだろうか
嗚呼とても歯痒い 自分が憎いよ悲しいよ

…ネガティヴになる話は止めようか
そうだ!貴女の魅力でも語ろうか?
と思ったけどこれもまた陳腐で凡庸で俗なんだ
僕はね 貴女の全てが好きなんだ
貴女の笑顔が好きだ 泣き顔も照れ顔も怒っている顔も 全てが
勿論顔や表情だけでは無い 性格もだ
貴女の優しいところは勿論 
少し意地悪なところもお茶目なところも
利己的な貴女と自己犠牲的な貴女の二面性も狂おしい程好きなんだ

嗚呼!何てもどかしいんだ 
想いを文字に言葉にすることは何て難しいのだろうね
僕は恋文を書ける人のことを今心の底から尊敬しているよ
やはり僕みたいな幽霊には想いを表すことなんておこがましいことだったのかな…

…またネガティヴになってしまったね
すまない君を困らせたい訳でもないんだ

まあこれを君が真面目に読んでいるかなんて…ああそうだ貴女がもし真面目にこれを読んでいるのなら今頃僕のことが気になっているのじゃないのかな
少し気持ち悪い言い方ですまない
それはとても嬉しいんだ まああくまで架空の話に過ぎないんだけどね

でもそれが架空でないとしても僕は貴女に名を名乗ることは出来ないんだ 
いや 例え名乗ったところで貴女が僕のことを覚えているわけがないんだ
数年前君に消しゴムを拾って貰った男のことなんて覚えていないだろう?

いや良いんだ僕は貴女に忘れられたかったんだから 
僕は貴女に恋をして以来貴女の空気になるように徹してきたんだから
むしろ貴女に覚えていられることは僕にとっては嬉しくもあって悲しいことでもあるんだよ
僕は貴女の姿を見れるんだけで良いんだ
貴女の視界に僕なんかが映っていいわけないし
ましてや貴女の世界に僕なんかが居ていいわけないんだ そうなんだ 僕は貴女をただ傍観者として見ているだけで良かったんだ
そうだったんだけど そうなはずだったんだけどね

いつからだろうね 貴女が彼に向ける笑顔が非常に腹立だしく思えてきたのは
彼と共にいる貴女がとても醜く見えたのは
おかしいんだ こんなこと有り得ないんだ
現に僕は彼と付き合い始めた貴女の姿を見てとても嬉しい気持ちだったんだ 
貴女の想いが叶って良かったねってそれなのにどうしてなんだろう
僕は貴女と同じ感情を共有出来なくなってきたんだよ

それに気付いたとき僕はどれほどの恐怖と悲しみに打ちひしがれたことか
貴女の感情は全て僕のモノでもあったのに どんどん貴女だけのモノになっていくんだ代わりに僕の感情は貴女のモノではなくなっていくんだ

ただの地獄さ 一言で言えば

そして気付いたら僕は包丁やらロープやら色々なものを買い占めていたんだ
何が目的か?って 
僕が勝手に自殺する為だけだったら良かったんだ
だけどね違うんだ 僕はね 彼を 貴女の彼を殺そうとおもって それらを用意したんだ

ああすまない本当にすまないごめんなさい
許してもらえるなんて思っていない
ただどうしても憎しみが妬みが抑えられなかったんだ

そして僕は気付いてしまったんだ
僕が居たらいずれ将来貴女の幸せの邪魔になってしまうと
僕はきっとこのままでいたら彼を殺してしまうだろう 今は一欠片の理性でそれを止めているけどきっともう歯止めが効かない
僕はもうすぐ狂人になるだろう
ただ 貴女のことを好きなだけだったんだけどね
貴女の幸せを願っていたんだけどね
自分で蒔いた種ながら悲しいよ苦しいよ
貴女をずっと見ていたいだけなのにそれが叶わないんだろう
どうしてただ好きなままでいられなかったんだろう

…結局何が言いたいのかっていうと僕は今から死にますってことなんだ
長くなってごめんね

今から人生が終わるとなると勇気も出るものだね 
こうやって幽霊の空気の僕が貴女に初めて干渉しようとしているんだよ 
ハハッ僕からしたらこれは凄い勇気であり一歩なんだ
…僕は僕の身勝手で勝手に死ぬだけなんだけどそれでもやっぱり悲しいな 貴女をずっと見ていたいよ 
僕の心なんて無くなってそれこそ本当の空気になれればいいのに
そして貴女に吸われでもしたら本望だろうよ

嗚呼せめて最期に貴女に名前を…
なんて少し図々しいね いや少しじゃない大分だ まあ冗談なんだけどね ただの冗談

僕の本当の願いなんてただ一つだ
僕がこんな長ったらしい意味が分からない手紙を書いたのもそれを伝えたかっただけだったんだ
どうか どうか幸せになってください


貴女を好きだった或る男より

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