創作小説〜短編・中編〜

□「愛して」
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小さい頃からお姫様というものに憧れていた

綺麗なドレスに可愛い見た目

無条件で寵愛されるあの姿

私もお姫様になりたかった

だけどなれなかった

私に愛される資格など無かった



「…先生」
先生は何も言わない ただ柔和な笑みを造り私を見ているだけ
…いいや私を見ているわけではない
先生は 私の眼を

「…名無しさん」
先生がようやく私の名を呼ぶ
その顔に笑みは無い
「…はい」
面倒そうに忌々しそうに 私を見る
「…今はカウンセリングの途中なんだ…分かるよね?」
「…はい」
先生はそう言ってまた口を閉ざした
私も口を閉ざす
部屋に静寂が訪れる



私は身体醜形障害を患っている
私はそうは思わないのがそうらしい
先生が言っていた
私の親はそれに気付いていたらしく私を病院へと連れて行った
そして私は先生と出会って──

私は恋に落ちた

先生の美しい濡れ羽色の髪
少しぼさぼさの髪型がよりそれを際立たせる
鴉を想起させるような黒くて少し淀んで濁っている鋭い眼
筋の通った綺麗な鼻
口は少し小さく寡黙で知的な雰囲気を醸し出す
全てが美しく配置されており模範的な瓜実顔と言えるだろう
勿論顔だけではない 

雪のようにと言っても過言ではない白い肌色 少し角ばった逞しい手 筋肉はなく少しひょろりとしているとこにミステリアスを感じさせる 

私は忽ち先生の虜になった
今まで生きてきてこんな理想の美しい顔は見たことがなかったからだ
居るだけで華がある
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花
とは美人の形容詞のような言葉だが男性である先生にそれを用いても何ら違和感はなかった

先生と共に居たいと思った
これから先ずっとずっと
その姿を見た瞬間生きる意味さえ芽生えてきた

その思いが功を成したか 通院を続けている内に私はここへ入院することとなった
親は何とも言えない絶望に染まった顔をしていたが私は嬉しかった
今までよりもずっと先生を見かける機会が増えるのだ これを幸せと言わず何と言おうか

通院していた時とは違いカウンセリングが毎日のように行われるようになった
一日一回は当たり前 多い時には五回程 
私はそんなに醜く酷いのかな と少し落胆したが会える喜びを考えたらそんなもの塵のように小さくどうでもいい悩みだった

しかし徐々にカウンセリングでの私と先生の口数は減り今ではただ先生が私を見るというモノとなっている
そしてそんな無意味のように思えるカウンセリングを続けている中 私は一つのことに気付いた
先生は私ではなく私の眼を見ているのだと

ただひたすら熱心にずっと私の眼だけを見ているのだと


その目線には覚えがあった
それは私にとって最も身近なものだった
だってそれは 私が先生を見ている時の視線と酷似していたから

そして私はカウンセリングが終わり唐突に尋ねたのだ

先生はオキュロフィリア(眼球愛好)なの? と

今でも数分前の出来事かのように鮮明に思い出せる
驚く先生 少し悲しそうな顔をして頷いく 私の手を優しく取り先生は言った

──私は名無しさんの眼を愛している──
震えた声で先生はそう言った
今にも泣き出しそうなあの声は忘れられない
いつもの凛とした鈴のような声とは程遠い脆い声

だけどその直後 

すまない取り乱したね もう帰って良いよ と先生は私を部屋へと帰した

その後のカウンセリングに先生を見た時 先生はさっきのことはまるで夢か幻であったかのように平然としていた
しかしそれは夢ではないと幻ではない嘘ではないと証明付けるように
その日から 先生は
カウンセリングの最中私が声を発すると酷く不機嫌になるようになった────




「名無しさん」
先生が私を呼ぶ
「…はい?」
もうカウンセリングの時間は終わったのだろうか
私は時計を見ようとしたが先生の手によってそれを妨害される
私の視界を塞ぐ先生
先生の手から伝わる体温は氷のようにひんやり冷たい
だけど私の体温は一向に下がることはなくむしろ上がっていった

「…まだ終わりではないよ」
顔は見えないが恐らくまだ不機嫌なのだろう
低く事務的な響きを覚える声調だ
「…そうですか」
そう返答しても先生は一向に手を離す気配すら見せない
先生は今どんな顔をしているのだろう

「…ねぇ名無しさん 君は自分を見て欲しいとは思わないのかい?」
先生は事務的な口調でまた喋る
声から感情が読み取れない
顔が見たい
そう思い私はやんわりと先生の手に触れ 離してくださいと示すが
まだ私の視界は塞がったままだ 暗闇が続いてく
「質問に答えてほしいな」
先生は変に頑固なとこがある
恐らくこの調子だと答えるまで離してもらえないだろう
「…見て欲しいとはどういう意味ですか?」
「眼では無く 君自身を愛してほしいとは思わないのかい?」
間髪入れずに先生は言った
時計の針の音がぎごちなく響く
「…私は」
「私自身に愛される要素があるとは思えませんから」
第一 身体の一つの部位が先生に愛されている だけで充分すぎる程の奇跡だ それなのにそれ以上だなんて厚かましいという言葉以外適切ではないだろう
淡々と答える
先生はまだ手を離さない

「…じゃあもう一つ質問をしよう 
人は愛することで愛されるとはよく言うけど君は誰かを愛する気は無いのかい?」
先生の声は変わらない
どうして今日はこんなに喋ってくれるのだろうか
私は嬉しく思いつつも疑問に思う
それでもその疑問は後だ
先生の質問に答えなければ

…愛とまではいくかは分からないけれど 私は先生を好きなのに
だけどそれを伝えることは私には出来ない
出来るはずがない 私なんかが好いてると分かったら先生はもしかしたら担当を変わってしまうかもしれない
そんなの嫌だ 絶対に

「…さっきの言葉は嘘だろう?」

私が必死に考え言葉を捻り出している中 先生はポツリと呟く
いや呟いてはいない その言葉ははっきりと私に突き付けられている

「君は自己愛が高い
傷付きたくは無いんだろう 本当は君は愛されたいんだ 君自身を愛して欲しいんだ 
魅力的な部位は無いと思いながらも絶対的に愛して欲しいんだ 
そしてそれがどんなに愚かなことだなんて君は分かっている
だからあんな言葉を吐いたんだ 君自身に嘘をついたんだ」

先生は諭すように優しく話す
だけどその言葉自体は私が一番聞きたくない言葉だった
醜い私自身を愛してほしいと私が思ってるなんて考えたくもなかった
悍ましい 
でも先生が言うならそれは本当で
私は私を愛してほしんだろう
私はなんて身勝手で汚らわしい生き物なんだろう 
その事実を思い知れば思い知るほど涙が溢れてくる
先生の手に涙が触れる
それでも先生は手をどけなかった

「だけどその前に愛されたいなら愛すのが常識だとは思わないかい
ねえ君は誰かを愛すべきなんだよ そうすれば君は愛されるんだ」

何処となく鬼気迫るモノを感じる声
恐怖か情けなさか私は涙が止まらなかった
嗚咽が溢れる

「…せ……んせ」
「君は心の底から誰かを愛する必要があるんだよ」

その言葉と同時に 視界が開いた
「今日はこれまでだ名無しさん さあ部屋に帰りなさい」
先生の顔を見る 笑顔だ
清々しいほどの爽やかな笑み 精錬されすぎてどこか魔の者を感じさせる怪しい笑み
私はそんな先生の笑顔を久々に見た気がする

「…ぁ」
どうしてだろう どうして私は怖いと思っているんだろう
何も怖いことなんて無いのに 本能が危険を告げてるかのように身体が震えている
「…おじゃ…ましました」
必死に口を動かし言葉を出す
それがもう言葉なのか空気なのかは私には分からないけど

「…震えているねまあ荒療治なのもあったしねぇ 久々に部屋まで一緒に行こうか?」
先生が私の肩を抱く
何の意味もない動作 いつもなら嬉しいと思うのに 今だけは怖くて仕方ない
「…だ」
「大丈夫じゃないよね?行こうか」
先生はドアを開け 私を抱いたまま外へと出る
誰もいない廊下 人の気配も感じない

そんなところを 先生と二人きりで歩いていく
先生は何も言わない 私も何も言わない
「…」
そういえば私は此処の病院に入って何日経ったのだろう 
思えば先生以外の顔を私は長時間見ていない気がする たった数分いや数秒しか看護婦の人としか私は関わっていない
親の顔も…私はいつから見ていないのだろう

忘れていたことが 無意識的に蓋をかけていたことが頭から溢れて消えはしない
薄々感じていた違和感がこれを気にと騒ぎ出す

それでも私は全てそれを口には出さなかった 
虫の予感とでも言おうか嫌な予感がして止まらなかった

「…ほらついたよ」
「…あ 有難うございます」
いつの間についていたのだろう
目の前には私の部屋があった
少し気持ちが落ち着く
「ゆっくり寝て今日私が話したことをよく考えると良い」
「おやすみ」
先生は肩から腕を離し 手を振る
「…おやすみなさいです」
私も手を振り返す
先生の姿が遠ざかっていく

少し気持ちに余裕が生まれる
「…」
とりあえずは寝てしまおう
今考えても仕方ない
それにきっと考えすぎだ
そうに違いない

まさか先生が 私を此処の病院に閉じ込めているだなんて そんなことがある訳がないんだ

私はベッドへと寝転がり悪夢から目覚めるかのように眠りについた
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