「貴女に花を」

□第一話
1ページ/1ページ

「ハイデの森には魔王が住んでいる」

それは森へ子供を寄せ付けさせない為の単なる嘘であった、と私はお父様から聞いた
だが、嘘から出た真というものか
いつの時からかその森へ立ち寄った者の姿はもう二度と再びその姿を表すことは無くなっていった
所謂神隠しというやつだろうか
しかしここに神の居場所は無かった
人々は「これは魔王のせいに違いない」そう決めつけかかったのだ
そしてまた人々は言った「絶対にハイデの森に近づいてはいけない」と
そしてその噂が国中に広がりハイデの森に誰も立ち寄らなくなったおよそ数年後、突然国に流行り病が舞い込んでき更に追い打ちをかけるかのように、災害がこの国を襲った
絶望にくれる国、人々 
そんな中彼らは一つの希望を見出した
「これは魔王様のお怒りなんだ」
「ではその怒りを鎮めれば元の暮らしが戻ってくるのか」
「生贄だ 魔王様の怒りを鎮める為にも生贄を捧げよう」
そう、生贄という名の残酷な希望を国民達は見出したのだ

…果たして彼らは自分の子供が生贄に選ばれるのであってもその決断を下したのだろうか?
嗚呼人間というのは斯くも醜く愚かな生き物だ
彼らはきっと生贄が一般市民から出されるようなものならそれは「悲劇」として語り一生バッシングの糧にするものだろう
だがそれが王族の娘 しかも現国王の愛すべき一人娘ならばどうだろう?
国のために自らを投げ捨てるこれぞ王族の正しい姿だ と「美談」として語り継ぐのだろう

…私も貴様達と同じ醜く愚かな人間であるのにどうして私だけそのような自己犠牲溢れる人間になれるのだろうか?
「…っは 全く持って笑わせる」
私は馬車の中から喜び踊り狂っている国民を見下げ、嘲り笑った
馬の鳴き声がし 外の景色が加速気味で映し出されていく
きっと本格的に出発し始めたのだろう
国民の声がより強く大きく騒ぎ喜び始める
「…死ねば良いのに」
不幸なことに国王の娘として生まれた自分を呪う、生贄となってしまった自分の生い立ちを呪う
この生贄騒ぎにはお父様ですらそれに反対せずむしろ進んでそれに同意した
大好きな聡明だったお父様もとうとう流行り病にでも頭をやられてしまったのだろう
そんな頭のネジの外れた男を私はもう父親とも思っていない、大好きだったお父様は死んだのだ そう思うのが賢明だろう
「…生贄なんて非科学的なモノを信じるバカがこんなにいるなんてね」
私は一人で毒づく
そもそも私一人が死んであの病や災害が収まるならもうとっくの昔に収まっているだろうに
本当に愚かとしか言い様がない
恐怖でだとかそんな言い訳なんか聞きたくない
「…私はそんな戯言で言い訳で死ぬ事になっているんだから」
「名無しさん様 もうそろそろハイデの森に御到着でございます…心の準備を」
もうそんなに走っていたのか
思えばあの耳障りな雑音も無くなっていた
「ええそう有難う」
まあ死ぬ準備なんて必要ないのだけど
どうして私が貴様達の為に自らを犠牲にしなくてはならないのだろうか、反吐が出る
…いずれ死ぬかもしれないけれども絶対に素直に死んでなどやるものか
私は隣で光るソレに一人誓った

馬の鳴き声が再度響き 馬車のドアが開かれる
光が眩しい 人々は今頃パーティだろうか
「名無しさん様 お手を」
従者が微笑み私に手を差し伸べる
この従者にも家族がいるのだろう
きっとその家族を守るために私に死んでほしいんだろう
あぁそんな望み叶わないというのに
「ええ 有難う」
私は必死に込み上げてくる笑いを抑え
静かに従者へと微笑み返した
そして悟られないように静かに
差し伸べた手へと思いっきり短剣を振りかざす
「…っぁ!!!」
短剣が従者の手を貫通する
そして素早く短剣を抜き
痛み悶え苦しむ従者を地面へと蹴り飛ばし逃げられないように脚を短剣で刺す
その次に腕を数回
四肢が動けずもう抵抗など出来ないはずだ
私は従者から離れた
従者は困惑と苦痛に顔を顰めながら私を睨みつけた
「貴方は死にたくないから私を生贄にするのでしょう?」
「どうして私は貴方みたいに死にたくないと思ってはいないのかしら?」
従者の顔に私は確かな苛立ちを感じた
ナイフを握り締め私は従者にへと言葉を続ける
「貴方は人一人死のうが自分が助かるのなら良いのでしょう?」
「…私もよ」
従者の目が虚ろなものにへとなっていく
「他の人が例え万だろうが億亡くなったところで、結局私が助かるのならそれで良いのよ」
従者の顔が絶望に染まっていく
ああなんて気分が良いのだろうか
どうして自分は無犠牲で世の中の事が全て上手くいくと思うのだろうか
「辛そうね 楽にしてあげる」
私は最後の情けと言う様にその胸元へと再度短剣を振り下ろした
従者はもうピクリとも動かない
従者の懐からハンカチを取り出しナイフについた血を拭う
「…ふう」
ここまで全て計画通りだ 私は絶対に生きる
生贄などなってたまるか
その為に従者の死は必要不可欠のものだった
嗚呼勿論これ以上何も考えていないなんてことはない 従者を殺した後何をするかもきちんと考えている
私はあらかじめ持ってきたロープで従者の死体を縛り馬車へと繋げた
そして馬に跨り、また操りハイデの森へと入っていった

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ