tj

□04
1ページ/2ページ




並んで歩く長い帰り道は無言の時間さえ安らぐものに感じた

「そろそろお家見えるよ」

あれ、と指さす豪邸に驚きつつも

無事に送り届けられたことに安堵の息をつく

立派な門構えから覗く広い庭にはよく手入れがされているとわかる花々が鮮やかに咲いている

「じゃあ、また明日」

「ね、ねえ…辻くん…!」

彼女にバッグを返してやり背を向け歩き出そうとしたが

名前の少し緊張したような声色に足止めされる

無言で振り返れば、真剣な顔でこちらを見つめる名前と目が合う

「辻くんは…私といて、どんな感じがする…?」

「それは、どういう意味?」

泣きそうな顔にもみえる彼女に迫られこちらも困惑を隠せない

「んー…私の友達が言うみたいに…落ち着く、とか…そういうイメージかな」

「それはよくわからない」

即答した曖昧に、なぜかホッとした顔で笑う名前

「それともう一つ…」

こちらが本命とでも言うように、言いにくそうに唸る

「いいよ、なに」

しっかりと身体を彼女に向き直し発言を待つ

「辻くんは…何年も前…私たちが小学生頃にあった誘拐監禁事件を知っている?」

昼間に彼女がこのワードを聞いて教室から出て行った話題

まさか自ら持ち出すとは、心配になったがきちんと向き合うと決める

「地元だし…当時は大変な騒ぎだったな」

当時の周辺の小学校を震撼させた事件は

同世代の者にはかなり有名な話だ


「そのとき、誘拐された小学生ってね…私なの」

私のこと

切なげに、だけど思い切ったように言い放った名前に驚きを隠せなかった

しばらく意味を呑み込むのに時間を要した辻は

じっと彼女をみつめることしかできずにいる

「私といると、落ち着くんだって…たったそれだけの理由で私は誘拐されて監禁されたの」

変でしょ

ふふっと笑う彼女の笑顔は崩れてしまいそう


「そのとき何をされたかなんてもう覚えていないの…ただ、私はこういう体質なんだって…自覚せざるを得なくなって

人が怖い、男の人は特に…そういう記憶だけが残ってしまって…誰かといることが苦痛で仕方なかったの

私と一緒にいる友達は皆声を揃えて同じことを言うの、嬉しいはずなのに、嬉しくないんだ…

私はこの体質の所為で本当の私を見てくれる人に出逢えないんじゃないかって…

目の前の人たちは自分の望んでいない体質が作った友達なんじゃないかって…

そんなことを考える自分も嫌で仕方なくて…」


一気に話し、疲れたようにふうっと息を整える名前

何か気の利いたことでも言えれば、と考える辻だが

そんな言葉も思いつかず、彼女の深すぎる暗闇に相槌を打つことが精一杯だった


「でもね」


ふっと顔を上げ、真っ直ぐに辻を見つめる

その綺麗すぎる瞳に吸い込まれそうになる

「辻くんは、違うよ…」

儚げな微笑みにどきん、と胸が大きく跳ねた

「辻くんが、私に新しい世界をみせてくれる気がしたの」

照れたように笑う彼女が何とも愛らしく感じる

"他の人とは違う"

そう感じるのは名前だけではない

せめてそれだけは自分も伝えたい

「俺も、思うよ…」

言葉足らずだが、意味はしっかりと名前に届いていて

驚いたように目を開いたが次には心底嬉しそうな笑顔をみせてくれた




_
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ