夢話

□湯屋
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燃えてしまった京の都

爽やかな夏の風雨が少しづつ町や人を落ち着かせて始めていた


藍屋の番頭を筆頭に私は遊女や新造達と桶を抱えて隣町の湯屋へ出向いていた

藍屋は無事火事から免れたが贔屓にしていた湯屋が燃えてしまったのだ

花里「街がどんどん焼けしてしまったのは恐ろしかったけど、こうして大門を跨げるのは少し得した気分になりますなぁ」

千姫呂「ふふ」

「これ!」と姉さん遊女にオデコを軽くはたかれた花里ちゃんと私は笑いながら舌を出し合った

華やかな着物を翻し若い女が談笑しながら街中に出るのだ、皆の物珍しげな目線は自然と此方に向けられる

私はその目が少し気恥ずかしくて他の姉さん達の影にコソコソ隠れながら湯屋へ足を急がせた



千姫呂「ふう」

姉さんや新造の子らは客や夜の話に花が咲き長風呂になる
千姫呂はんは〜と話を振られるのが恥ずかしく、まだまだ「その」話について行けない私は疲れや埃を湯に流し1番先に出てしまった

温まり過ぎた身体を冷やそう風を求め暖簾をくぐる

すると一斉に此方に注がれる先程感じた視線

直接言われるわけではないが、あれは「藍屋の新造の千姫呂や」やら「かいらしいなぁ」「色っぽいやないか」など党巻きに自分の話をされると恥ずかしさでいたたまれなくなる

千姫呂「なんか目立ってる…?も、戻ろうかな…」

踵を回して再び暖簾に手をかけた瞬間

「千姫呂」

聞き慣れた声が聞こえ振り向くと非番の時の格好をした土方さんがいた

千姫呂「土方さん!」

土方さんは私だと分かると「よう」と草履を鳴らし私の前で止めた

土方「湯浴みか。…なぜ1人なんだ?」

千姫呂「あ…逆上せてしまい、皆んなを置いて1番先に上がっちゃいました」

土方「島原の湯屋は潰れたからなご足労さんだな」

千姫呂「ふふ、でもみんな大門を出れて少し嬉しそうなんですよ」

さっきはたかれた花里ちゃんを思い出してまたふふ、と笑うと不意に自分に伸びる長い指先

土方さんが私の髪に付いた雫だけをつい、と指で落とした

土方「髪がまだ濡れている」

千姫呂「あ…」

照れ隠しに撫でられた髪を掴み「い、急いで出てきちゃったから」と言い訳すると
土方さんが私が持っていた手拭いを桶から抜き取り乱暴に私の髪を拭きだした

千姫呂「へ!?」

ワシャワシャと音を立て両手で私の髪をかき回す

千姫呂「ちょ!土方、さん!?」

土方「五月蝿え。髪もろくに拭けないなんてガキかお前は」

千姫呂「な…!ガキじゃないです!」

少し語気を強めに訴えるとポイッと私の首に手拭いをかけた

ボサボサの髪を手で直し恨めし目で睨み付ければ土方さんは「ははっ」と短めに笑った

それがまた悔しくて

千姫呂「もうっ子供扱いは酷いです」

土方「ガキだろ」

千姫呂「ち、違います!もう大人と同じです」

土方「……」

ぷく、と頬を膨らませ大人らしくない怒り方でソッポを向くと土方さんはふ、と真顔になった

土方「そういえば」

と急に土方さんの長い指で顎をクイ、と上に向けられれば
必然的に彼の切れ長だけど先程より熱を帯びた綺麗な瞳に捉えられる事になる

土方「湯上りの千姫呂を見るのは初めてだな」

千姫呂「は…え?」

土方「艶っぽくなっていい」

千姫呂「な……」

土方「もう大人言うことは…この顔を誰かに見せたのか?」

千姫呂「み、見せてません!」

からかっている訳では無い真剣な表情の瞳に私が映る

今までとは違う空気に一気に熱が顔にに集中するのを感じ、心臓が脈打ち折角冷えた身体がまた逆上せてしまいそうになってしまう

上がったり下がったりの熱に涙目になりながら瞼を伏せ必死に次の言葉を探した

土方「……そのまま待っていろ」

と急に顎に添えられた手を離し、土方さんは踵を返し湯屋の角で待つ番頭に歩み寄った

いくばかりか話をつけた土方さんは私の元にやって来て
顎で空を描き「いくぞ」と私の前を歩いた

千姫呂「え?え?」

急なことで戸惑っていると、番頭さんが私に近づきコッソリと耳打ちした

番頭「千姫呂はん、土方さんが置屋まで送ってくれるそうですさかい先に帰っていいですわ」

千姫呂「え?送って?」

キョトンと目を丸くしていると
番頭さんが苦笑いで「恐ろしい鬼も好きな女子には嫉妬するし心配するってことどすなぁ」と付け加え、土方さんに付いていくよう促した

千姫呂(好きな女子!?)

それってどういう事だろうと悩んでいると

土方「遅い、置いていくぞ」

と少し離れた場所で私を待っていてくれた

私は考えを断念して番頭さんにぺこっと頭を下げ土方さんの後に小走りで続く


(す、好きってどうゆう事だろう…)


〇〇「土方さん、送ってくださるって言ってましたがどういう…」

土方さんの真意が気になって、眉を下げて上目遣いで探るように聞くと土方さんはちらり、と此方を見て直ぐに前を向く

土方「幾ら夏と言えどあの様に髪の毛濡らして突っ立っていたら風邪をひく」

千姫呂「か、風邪ひきませんよ…こんな暑いのに」

そう言うと土方さんはピタリと足を止めた
しまった、怒らせたと思い身構えたその時

土方「さっき…お前を良いと言う奴が沢山いた」

千姫呂「あ、ああ。多分珍しいから噂の標的になったんですかね」

あはは、と冗談っぽく笑ってみせるけど、土方さんは前を向いたまま

そのまま彼は小さい声で呟いた

土方「お前がそう言う目でみられるのは気に入らん」


千姫呂「え?」


よく聞こえなくて近くに言って聞き返そうとしたその瞬間

不意に小石に足を取られ躓きドサッと音を立て土方さんの背中にもたれ掛かってしまった

土方「〜〜お前は…」

千姫呂「す、すみません…」

穴に入ってしまいたくなる程の恥ずかしさで消え入る声で謝ると最初は呆れ顔だった土方さんだが、目を細め

土方「ふっ、鈍臭いな。やはりガキか」

千姫呂「………………はい」

頬をフグにしてそう言うとまだ濡れている頭をポンと大きな手が覆った

その腕の隙から見上げれば
逆光でよく見えなかったけれど鬼の副長とは到底言えない優しい笑顔


胸がほんわかと暖かくなる


千姫呂(………)


土方「遅い、置いてくぞ」

千姫呂「あ!すみません」

置いてくぞと言いつつも今度は私の歩く速度に合わせてくれる

面倒見がよく本当は優しい人


結局さっき何を言ったのか聞いてみたけど
「お前にはまだ早い」と教えてくれなくて


秋斉さんに相談したら「天然の商売上手どすなぁ」とからかわれたのだった

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