夢話

□花雫
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朝の掃除を終わらせて一息つく暇もなく次の仕事に取り掛かる

テキパキとこれが終わったらこれをして、それが終わったら…と時系列でやる事を並べる

夏でもないのに額に汗を滲ませる私を心配して秋斉さんが私に声をかけた

秋斉「千姫呂はん、頑張るのは良い事どすけれど、そない急がんとも仕事は逃げまへんえ」


千姫呂「あ、はい…だ、大丈夫です!身体を動かしてる方が気持ちがいいんです」

秋斉「……へえ」

本当は違う
彼の事を考えなくて済むから

少しでも隙があると彼の事で頭が一杯になってしまうから

ここ最近、俊太郎さまは忙しくて揚屋に来ていなかった

最後に会ったのは1ヶ月以上前で「ちと忙しくなります…寂しい思いをさせたら堪忍…」って悲しい顔で言われたら我儘なんて言えなかった

クヨクヨしててもしょうがないから私は私で頑張らないとって思うけれど

本当は会いたくて仕方がない
怪我はしてないか辛い想いはしてないか
心配で心配でたまらない

俊太郎さまを求めれば求める程寂しさで動けなくなってしまうから…だから…

そんな考えを見透かしてか秋斉さんは扇子越しにため息を一つついて私に仕事をくれた


秋斉「いつも置屋に来る花売りが病気で顔を見せへんさかい、千姫呂はん、花を買って来ておくれやす」

千姫呂「花ですか、わかりました!」


秋斉さんは帰りに団子でも食べてきなさいと駄賃を多めにくれた

最初断ったけど、気分転換も仕事の内とピシャリと言われ渋々分かりましたと告げた




ーーーーーーーーーーーー


はぁ、と鱗雲を見上げてため息をつく

千姫呂「秋斉さんに気を使わせちゃったな…」

私で持てる1番大きい桶は少し重く、それに乗せ気持ちもまた重くなる気がして京の町をトボトボ歩き花売りを探す

少しして民家の路地裏から

「花〜〜花はいらんかね〜〜」

と威勢のいい花売りさんの声が聞こえた

千姫呂「あ!お花くださーい!」

花売りさんを呼び止め路地裏へ駆け寄り、よいしょ、と桶を下ろす

目移りしてしまう程の花の種類の中から自分なりに良いものを選んでいく

秋斉さんから預かったお金でお代をすませ、さっきよりも重くなった桶を持ち上げようとした時花売りさんが「あの、すんまへん…」と喋りかけてきた


花売り「娘はん、もしかして藍屋のは千姫呂んどすか?」

千姫呂「あ、はい。そうですよ」

そう笑顔で応えると花売りさんが私に「よかったら」と一輪の綺麗な花を差し出した


千姫呂「え…?あの、お代は?」


花売り「いりません、貴女に贈り物さかい…」

千姫呂「私にですか?」


花売り「へー」


では、と花売りさんは少し照れながら私に頭を下げて籠を持ち変え風の様に走り去る

一輪の花と後ろ姿の花売りさんを交互に見つめ意味を悟とると顔が熱くなった

(初めてお花プレゼントされちゃった…)

花を貰って喜ばない女性はいないとはよく言ったもので
例え好きじゃない人からでも嬉しいんだと実感してしまう

私は襟にその花を刺し一杯になった花桶を持ち上げようと腰を下ろすと

(でも…俊太郎さまに申し訳ないかも…)

と不意に俊太郎さまの顔を思い出した



「ーーあんさんの初めては全部わてがあげますさかいーー」



胸の中で俊太郎さまの声が聞こえた
そして罪悪感が波打ち眉が下がる

心中で俊太郎さまにごめんなさいと謝るがどんどん湧き出てくるマイナス思考な感情

それに尾を引いて思い出すのは
俊太郎さまの笑顔

優しく撫でてくれるあの大きい手


私を甘やかす甘い言葉、仕草…



(だめ……思い出さない方が無理だよ…)


遂にギリギリで耐えていた感情はパチン、と弾け私の頬を伝って流れ落ち、私は沢山の花達に顔を隠す


俯くと花弁に涙が落ちてぱたた、と音を立てた

千姫呂「…さま……」


千姫呂「俊太郎さま…会いたいよ…」


その時不意に後ろからカランと下駄の音が耳に届き

そしてどこか品の良い愛しい香りがフワッと私の鼻をくすぐった

千姫呂「あ……」

「かいらしい花売りさん、座り込んで肩を震わして…どこか具合でも悪いんどすか?」

勢い良く振り向くと片膝を着き私の目線で首を傾げた俊太郎さまがいた

夢にまで見た愛しい人


千姫呂「俊太郎さま!」

俊太郎「かいらしい花売りさん、わてにその花よりも綺麗な貴女の笑顔を一ついただけまへんか?」


1ヶ月以上前に見たまま、からかうようにクス、と微笑みをみせる俊太郎さまを見て考えるより先に手が動き

私は彼の首に手を回し強く抱きしめた


古高「俊太郎さまっ…会いたかったです…」


俊太郎「へえ、わても千姫呂はんに会いたかった」

古高「あんさんに会えない1ヶ月がこない長いなんて…1年以上に感じましたわ」

俊太郎さまはハハ、と軽く笑った後…優しいため息をついて私を強く抱きしめ頭を撫でる

暖かい温もりに私はまた泣きそうになるのをぐっと堪えポン、と彼の胸を叩いた

千姫呂「私はもっと長く感じました…」

古高「悪い男と言っておくれやす。愛しい人をこない寂しい思いをさせて泣かせてしもうた」

堪忍…と眉を下げて微笑む彼は私の瞼に一つ口付けし私も嬉しさに身を震わせながら応えた




少しして俊太郎さまは私を抱き起こし私の襟元にある花を見る

千姫呂「あ…」

そしてその花を指先で撫でた


古高「こない甲斐性無しの酷い男が言うのもなんどすが…」

千姫呂「酷いなんて…」

私の手を取り、掌に恭しく口付け

古高「今日の夜揚屋に行くさかい、その時に…この花の送り主より想いが詰まった花束を持っていきます」

どうか貰ってはくれはりまへんやろか?と流し目で見つめられた


私はそこで全部見られてたんだと初めて知り
顔を赤くしながら「はい…」と俯くしかできなかった
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