Innocent Dream

□Chapter3
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「…あ」
「…」
高校生活が始まって、急にバレー部マネージャーをやることになって、なんだかもう色々と説明が面倒臭いので割愛。
それよりも、名無しさんは教室のドアの前で呆然と立っていた。というよりは、そうするしかなかった方が正しいのか。
名無しさんの向かいには、今後関わることのないと瞬時に判断したあの彼が、無表情で名無しさんの前に立ちはだかっていた。名無しさんは思わず声を出してしまったが、対する相手は相変わらず無表情を崩さない。普段は何を考えているのだろう。
彼の名前もろくに知らないのに、まさか同じクラスだったとは、誰が想像しようか。
そうやってぼーっと考え込んでいるうちに、彼はだた一言、「邪魔」とだけ言った。そこで我に帰る名無しさん。
「あっ、ハイ」
唐突に言われたので、返事が機械的になってしまった。そんなことも気にせず、彼は名無しさんがよけたと同時にさっさとどこかに言ってしまった。
「…名前なんていうんだろう」
邪魔と冷酷に言われたことよりも、彼の名前がとても気になった。そう呟くと後ろから「ツッキーだよ」と小さめの声が聞こえた。振り返ると、いかにもフツメンと言われる類の男子が立っていた。フツメン男子は申し訳なさそうに続けた。
「ごめんね。ツッキーはいつもあんなかんじだから、気にしないでね」
「えっと…」
「あ、俺は山口!バレー部なんだけど、覚えてるかな。そしてツッキーも同じバレー部だよ」
「へぇ…。よろしくね!山口くん」
「へへっ。こちらこそ」
山口と軽く会話を交わしたあと、名無しさんはこれからマネージャーをやるにはもっと気合を入れなければ、と心底思った。

部活の時間になって、名無しさんは少し早足で体育館に向かう。緊張半分、気合半分というところだ。
体育館に着くと、もうすでに殆どの部員は自主練を始めていた。まだ30分前だぞ…。
だが、名無しさんもぼーっとするためにこんなに早く来たわけではない。同じ美人マネージャーの潔子にマネージャーの仕事を教えてもらい、一度で全ての仕事を覚えることに励んだ。こう見えて、人の名前を覚える以外は記憶力は割と良い方だから、それほど苦労しなかった。進学クラスだし。
「…と、マネの仕事はこれくらいかな」
潔子はそっと、顎に手を添える。一つ一つの動作がいちいち凛々しい。名無しさんはその動作に見とれていると、「あ」と潔子が思い出したように、告げた。
「ゲームの時は、マネも声出して応援とかするからね」
「えっ、あっ、はい!」
「名前、できるだけ呼んであげて。じゃないとわかんないってこの前言われたから。」
「…はい!」
そう元気に返事はしてみたものの、名無しさんが覚えている名前なんて、大地と菅と、山口とツッキーくらいだ。昨日自己紹介もっとちゃんと聞いておけばよかった、と今になって後悔した。もっとも、人の名前を覚えるのは得意じゃないのだけれど。
30分とはあっという間だ。もうすでに30分経っていて、部員は準備体操をしていた。サーブ練などはかろうじてわかったものの、バレーの知識に関して疎い名無しさんは彼らがやっている練習がなんのためにやっているかすらもわからなかった。今日、本屋に寄ろう。
だが、その他のドリンクを渡したり、タイマーを測ったりなどはなんなくこなせた。そして、ついにゲームの時が来た。
「あ、名前、おぼえてなかったら無理しないで。声出すだけでも、いいし」
「できるだけがんばります…!」
潔子がホイッスルを鳴らし、名無しさんはスコアボードを担当することになった。
コートには、あのツッキーがいた。名前を知っている山口などにはしっかり名前で声出ししようと決め込んでいたので、名無しさんはツッキーのブロックが決まった時、大きく息を吸い込んで言った。
「ナイス!ツッキー!!」

一瞬静まり返る体育館。ボールの跳ねる音だけがむなしく響く。
名無しさんは首をかしげる。何か変なことでも言っただろうか。
「い、いま、ツッキーって…」
「?はい。ツッキーって名前ですよね?」
菅や大地が驚いた表情で名無しさんを見つめる。

「ぶっっっ!!!ツッキーって!!!!」

そして盛大に吹き出した。菅は少し顔を赤くしているくらいだ。
「まだ知り合ったばかりなのにその呼び方で呼ぶなんて、勇気あるな!」
「だ、だって、その名前しか知らないですし…。」
しどろもどろしながら名無しさんは月島のほうを見る。
月島は意外にも少し目を見開いてこちらを見つめていた。
「…」
相変わらず無言だが、その無言は怒りというより、どちらかといえば戸惑いを感じさせた。
名無しさんは恐る恐る彼に問う。
「…本名って…。」
「蛍」
早口でそう答えた月島は自分の名前を告げると、今までなにも起こらなかったかの様につーんとコートの方に視線を戻した。
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