Innocent Dream

□Chapter6
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放課後、足取りが重かったが部活に向かい、先輩や日向たちに挨拶をする。
「こんにちは」
「おーっす!今日こそは名前間違えんなよー」
スガに言われて名無しさんは少しむっとする。他の人にもそんなことを言われ、スガで6回目だ。
「耳タコです…。」
「まぁまぁ、今日からがんばるべ!」
スガは相変わらず笑顔で名無しさんの背中をバシッと叩く。少しよろめきながらも、礼を言い、よたよたと清子の元へ向かった。
「清子さーん…。」
「名無しさんちゃん。なんか、お疲れ。」
清子はドリンクを作りながら少し憐れみの目を名無しさんに向けて返事をした。
名無しさんも清子の隣でボトルにドリンクの素を入れる。
「でも清子さん見てたら元気出ます」
そうやって笑うと、清子はくすっと微笑んで、「その笑顔、見せられたら困るなぁ」と清子も笑った。
名無しさんにはどういう意味かよくわからなかったが、それよりも清子の笑顔を写真に収めたい衝動にかられた。
部活も何事もなく無事に終わり、日向と影山の居残り練習に付き合うことにした。
「名無しさん!よろしくおなしゃーす!」
「しゃす!」
「あっ、はい!」
日向と影山がわざわざ礼をする。名無しさんは慌ててそれを制すと、やりますか!とボールを手に持った。
緊張しながらボールを投げると、それに向かって走る日向。日向の為にボールを支配する影山。たった一つのボールを前に、彼らの目は煌々としていた。その濁りのない目が名無しさんには眩しかった。
そう思っている内にボールがあっという間に床に叩きつけられる。その音で我に帰ると、先程のは最後の一球だったらしい。名無しさんはすかさずボール拾いに入る。日向と影山は既にネットの片付けに入っていた。
ボールを拾い倉庫に運んでいると、静かに後ろから声をかけられた。
「…ねぇ」
「はい!…って、え?」
元気よく返事をして振り返ると、朝に悪戯をしてきた相手がボールを片手に名無しさんを見下ろしていた。
「ボール。外まで来てた」
「あ、ありがとうございます」
何も考えずに受け取る。意外にもいいところあるんだな、と思いながら受け取ったボールをしまう。どうやらこれでボールは全てのようだ。
「今から帰りですか?」
「ん」
「日向と影山いるから、一緒に帰れますよ」
親切のつもりで言った。それなのに月島は「えー…」と明らかに嫌そうな顔をした。
「?というか、そもそもなんで月島くんはここに?」
「山口が告白されてる、から帰ろうと思ったのに、あいつが待ってっていうから、待ってた」
月島はいかにも面倒くさいというようにため息をつきながら言った。だがそんな月島とは裏腹に名無しさんは顔を輝かせる。
「え?!告白!!!すごい!!!みたい!」
そう言いながら一気に興奮し、立ち上がった名無しさんは、暗がりの倉庫の中で床に放置されたモップに突っかかった。
ぐらりと視界が揺れる。名無しさんにはまだこの状況が理解できなかった。
「ちょっ…!」
一瞬聞こえた月島の声。床に倒れこんだ鈍い音が倉庫の中で静かに響く。
とっさに閉じていた目をゆっくりと開けると、学ランの金色のボタンがすぐそこにあった。その瞬間、背中に伝わる心地よい体温。名無しさんは慌てて顔を上げると月島がこちらを少し驚いたような、焦ったような、複雑そうな顔をしてみていた。
要するに、転んだ際に月島に庇ってもらった、ということだ。名無しさんの背中に伝わった暖かさは月島がその時に腕を回して抱きかかえてくれたものだった。
こんなシチュエーションは漫画にしかないと思っていたから、名無しさんはしばらく呆気にとられて、月島に抱かれたままだった。
「って、ちょっと!ぼーっとしないでよ!」
「う?あ、あぁ!ごめん!」
月島の声で我に帰る名無しさん。今度こそ月島から離れると、背中の熱が空気にさらされて冷えていくのが分かった。月島がゆっくりと眼鏡の位置を整える。
「あんた、少しは落ち着きなよ…」
「面目無いです」
呆れたような顔で言われ、名無しさんはうなだれる。
「でも、どうせ庇うならもっと、ねー…」
だが、そんな名無しさん を嘲笑うように月島は皮肉たっぷりに言った。
「…前言撤回、許さん。」
「はぁ?こっちのセリフ。」
名無しさんが自身の体の平さを恨みながら、月島を睨む。だが月島はそんな生意気な名無しさんに対して眉をひそめ、彼女の頬をつねった。
「痛い痛い!なんですか!理不尽極まりない!」
「うるさいなあ、山口のストーカーですかー」
月島は相変わらず憎たらしい笑顔で名無しさんの頬を引っ張る。
「ま、なんでもいいけど」
月島は不意に名無しさんから離れ、倉庫を出る。
「なんなんだ…。あ、ボールありがとう。山口くんうまくいくといいね!」
名無しさんも後ろから次いで倉庫から出た。名無しさんはまだ山口の告白現場に行きたいと思ったが、流石に騒ぎを起こすわけにはいかないので、帰りの支度をし始めた。
すると、山口が「ツッキー!」といいながら小走りでやってきた。
「山口」
月島は山口を見て、告白がどうだったか聞こうと口を開くが、名無しさんはすかさず山口の前に出て、「告白終わっちゃったの?!」と目を輝かせながら山口に問う。
山口は狼狽えながら、
「あ、う、うん。正直、びっくりしたよ」
と、少し顔を赤らめて告白の感想を素直に述べた。
「告白されるなんてすごいなあ」
名無しさんも素直に感嘆の声をあげた。そしてふと時計を見やると、名無しさんはハッと我に帰った。
「うわっ、やば…!」
名無しさんは実は市内の音楽団に入っている。と言っても、つい最近入ったのだが。バレー部に入ってから、やっぱり音楽が恋しいと思うことが増え、自由な時間に通える交響楽団に入ることにしたのだった。
入りたてだから、やはり顔は出しておきたい。名無しさんは慌てて靴を履くと、山口と月島に「じゃ、また明日ね!」とこれもまた慌てていいながら走り去っていった。

そんな嵐のような名無しさんに二人はしばらく呆然と立っていたが、先に山口が口を開いた。
「告白、断ったよ」
「へえ」
「名無しさんちゃん。なんかいいよね」
「…」
月島は返事をしなかった。ただ、ほんの少しだけ見える山口の名無しさんに対する淡い想いに、月島はなぜか少しだけ眉をひそめたのだった。



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